ことは本当だ。
「智者は惑わず、勇者は恐れず」という格言がある。意味なくあわてるのでは、大和魂《やまとだましい》を持っているとはいえない。旗男のはらはきまった。
「僕、食べますッ!」
「姉さんは頂かないわ」
「ウフン、気の毒なことじゃ。ハッハッハッ」
 二人の前に、俎《まないた》にのった西瓜が出て来た。国彦中尉は庖丁《ほうちょう》をとりあげると、グラグラ沸《わ》きたっている鉄びんの蓋《ふた》をとって中に入れ、やがてそれを出すと、ヤッと西瓜を真二つに切った。それをまた三つに切ってその一つを両手にもってガブリとかみついた。
「ああ、うまいうまい。旗男君、どうだ」
 旗男は義兄の自信に感心しながら、西瓜の片《きれ》をとりあげた。そいつはすてきにうまくて、文字どおり頬《ほ》っぺたが落ちるようだった。
「義兄さん。あのコレラ菌を持っていたのはやはりスパイでしょうか」
「ウン、立派なスパイだ。日本にまぎれこんで、秘密をさぐっては本国へ知らせるスパイもあれば、あんなふうに、日本に対してじかに危害を加えるスパイもある」
「いまのスパイはS国人ですか」
「いや違う。東洋人だったよ。日本人か、他の国の人間か、いまに警察と憲兵隊との協力でわかるだろう。とにかくS国人に使われているやつさ」
「日本人だったら、僕は憤慨《ふんがい》するなあ。しかしS国というのは悪魔のようなことを平気でやる国ですね」
「これまでの戦争は、本国から遠く離れた戦場で、軍隊同士が戦うだけでよかった。しかしこれからの戦争は、軍隊も人民も、ともに戦闘員だ。そして戦場は、遠く離れた大陸や太平洋上だけにあるのではなく、君たちが住んでいる町も村も同じように戦場なんだ。だからあんなふうにスパイが細菌を撒いたり、それから又敵の飛行機が内地深く空襲してきたりする」
「すると僕も戦闘員なんですね」
「そうだとも。立派な戦闘員だ。非戦闘員はというと重い病人と、物心のつかない幼児《こども》と、足腰も立たないし、耳も、眼も駄目だという老人だけだ。七つの子供だって、サイレンの音がききわけられるなら、防護団の警報班を助けて『空襲空襲』と知らせる力がある。大戦争になると、在郷軍人も、ほとんど皆、出征してしまう。後にのこった人たちの任務は多いのだ。たとえば防空|監視哨《かんししょう》といって、敵の飛行機が飛んでくるのを発見して、それを早く防空監視隊
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