、よく調べてきた。中国へ飛行機を送っておいて、ここを根拠地として日本へ襲撃すれば、七時間くらいで東京へ達する。北九州を攻めるんだったら、その半分の三時間半で、間に合う」
「中国は、わが米国と一緒に対日宣戦をすれば、中国全土がわが空軍の根拠地になるわけなのね」
「中国だけでない。ソヴィエート露西亜《ロシア》も日本とはいつ戦端を開くかわからない。そうすれば浦塩《うらじお》から東京まで、四時間あれば襲撃できる」
「フィリッピン群島からは」
「これも出来ないことはない。勿論、空軍の根拠地としては、まことにいいところだ。しかしこれは日本が真先に攻撃して占領してしまうだろう。わが国としては、そう沢山の犠牲を払って、フィリッピンを護ることはない。それよりも帝都東京の完全なる爆撃をやっちまえばいい。グアム島も同じ意味で、日本に献上しても、大して惜しくない捨て石だ」
「あんたのいうことを聞いていると、日本なんか、どこからでも空襲できるようね。そんなら早くやっつけたら、いいじゃないの。そして、ああそうだジョン。日本へ着いたら絹の靴下だの手巾《ハンカチ》だの沢山に占領して、飛行機に積めるだけ積んでネ、お土産にちょうだいよ、ネ」
 丁度その時刻、プラット提督は、米国海軍と空軍との有する兵力と訓練と、そしてその精密精巧なる理化学兵器とから見積られるところの換算戦闘力は、日本人の考えているより、十倍近くも強いということを復命書の中《うち》に書き入れた。それは東洋方面へ米国がいよいよ露骨なる行動を開始することを意味するものであった。太平洋の風雲は俄《にわ》かに急迫した。


   わが空軍の配置は


 ――昭和×年四月、九州福岡の三郎君の家庭――

「兄さん、今夜はお家へ泊っていってもいいのでしょう」
「三郎ちゃん。いつ中国の飛行機がこの北九州へ襲来するかわからないのでネ。兄さんは今日は泊れないのだよ」
「そう。つまんないなア。泊って呉れると、僕もっともっと日本の空軍の話を、兄さんに聞くんだけれどなア」
「じゃ、今お話するからいいだろう。しかし一体どんなことが知りたいのかい」
「あのネ、兄さん。僕、この間の夜、中国の飛行機が爆弾を積んで、福岡を襲撃してきた場合には、日本はどこに空軍の根拠地があって、どの方面から来襲する敵国の爆撃隊と戦うのかしらんと思ったら、急に心配になってきたんですよ。兄さんは航空兵だから、よく知っているでしょう、話して頂戴」
「うん。そんなことなら、兄さんでも話せるよ。まず中国の方面から空襲をされたとするとネ、一番先に向ってゆくのは、海軍の第一、第二航空戦隊なんだ。赤城《あかぎ》と鳳翔《ほうしょう》が第一で、加賀《かが》と竜驤《りゅうじょう》が第二。これが海軍の艦上機を、数はちょっといえないが、相当沢山積んで、黄海や東シナ海へ敵を迎え撃つ。この航空母艦は、太平洋へでも、南洋へでも、どこへでも移動が出来るから、大変便利だ」
「昭和八年二月にハワイから東京の方へ、三分の二も近くへ来たところに、不思議な島が現れて白い灯が点っているのを、日本の汽船が見たということだけれど、あれは米国の航空母艦かも知れないと新聞に書いてありましたネ。航空母艦は沢山の飛行機を載せて、ドンドン敵の領土へ近づけるから、物凄いんだネ」
「そんな話は、兄さん知らないよ。とにかくまず航空母艦でサ、その次が海軍の佐世保《させぼ》航空隊と、兄さんの所属している陸軍の太刀洗《たちあらい》飛行連隊だ。――その外、朝鮮半島の平壌《ピョンヤン》には陸軍の飛行連隊があるし、また中国南部やフィリッピン、香港《ホンコン》などに対して、台湾の屏東《ひょうとう》飛行連隊がある」
「屏東って、台湾のどの辺ですか」
「ずっと、南の方さ。台南よりももっと南で、中心よりは西側にあってね。ほら、鳳山《ほうざん》守備隊の近くだよ」
「ははあ、馬公《ばこう》の要塞も、割合、近いんだなア」
「それから、ずっと本州の中心へ向っては、帝都を遠まきにして、要地要地に空軍が配置されている。西の方からいうと、まず琵琶湖の東側に八日市の飛行連隊がある。それから僅か七十キロほど東の方に行った岐阜県の各務ヶ原《かがみがはら》に、これもまた陸軍の飛行連隊が二つもある。大阪附近も大丈夫だし、浦塩《うらじお》から来ても、これだけ固まっていればよい。帝都の西を儼然と護っているわけサ」
「浜松にも飛行連隊があったネ、兄さん」
「そう。浜松の連隊は、太平洋方面から敵機が襲来するのに対し、非常に有効な航空隊だ。それから、いよいよ東京に近づいてゆくが、東京の西郊に、立川飛行連隊がある。南の方で東京湾の入口|追浜《おっぱま》には海軍の航空隊がある。鹿島灘《かしまなだ》に対して、霞ヶ浦《かすみがうら》の海軍航空隊があるが、これは太平洋方面から襲撃してくる米国の航空母艦に対抗するものであることは明《あきら》かだ。それから本土を離れた太平洋上にも、海軍の航空隊が頑張っている。東京湾の南へ二百キロ、伊豆七島の八丈島には、海軍の八丈島航空隊、その南方、更に六百キロの小笠原諸島の父島に、大村航空隊がある」
「ははア、随分海軍の航空隊って、太平洋の真中の方にあるんだなア。――それから外には……」
「もうそれだけ」
「おかしいなア、東京から北の方には、一つもないじゃないの、兄さん。アラスカの方から攻めて来たら、困るでしょう」
「しかし今日のところは、それだけ。この上お金が出来てくれば、青森の附近にも、北海道にも、樺太にも、或いは千島にも、航空隊を作りたいのだが……。兎《と》に角《かく》、覘《ねら》われるのは、政治の中心、商工業の中心地帯だ。そこで、こんな配置が出来ているというわけさ」
 そのとき、奥の間から老僕が、腰に吊るした手拭をブラブラさせながら、部屋へ飛びこんできた。
「ああ、大きい坊ちゃま。今、お電話がありましたよ。『至急帰隊セヨ』というお達しでございます」
「そうか、よオし」と立ちあがる。
「兄さん、空中戦が始まるのですか」
「そうだ。北九州の護りは、今のところ、日本にとって一番重要なんだ。ここを突破しなけりゃ、中国大陸からいくら飛行機を送ってきても駄目だ。今夜か明日ぐらいに、また面白い射的競技が見られるというものさ」


   帝都突如として空襲さる


 ――昭和×年五月、上野公園高射砲陣地に於て――

「今夜は、どうやらやってくるような気がしてならん」と高射砲隊長のK中尉がつぶやいた。
「やってくると申しますと……」今日着任したばかりの候補生が訊きかえした。「敵機襲来なんですか?」
「うん」K中尉は、首を上下に振った。
「俺《わし》の第六感は外《はず》れたことがないのだ。それにしても、もう午前三時を過ぎた頃じゃろうが……」
 中尉は左臂《ひだりひじ》をちょっと曲げてウラニウム夜光時計をのぞきこんだ。
「しかし隊長どの、防空監視哨からは、何の警報もないじゃないですか。監視哨は、東京を取巻いて、どこの線まで伸びているのですか」
「監視哨は、関東地方全部の外に、山梨県と東部静岡県とを包囲し、海上にも五十キロ乃至《ないし》七十キロも伸びているのだ。もっと明白にいうと、北の方は勿来関《なこそのせき》、西へ動いて東京から真北の那須、群馬県へ入って四万《しま》温泉のあるところ、それから浅間山、信州の諏訪の辺を通って静岡へ抜け、山梨県を包み、それからいよいよ南の方へ、伊豆半島の突端|石廊崎《いろうざき》から、伊豆七島の新島、更に外房州の海岸から外へ六七十キロの海上を点々と綴《つづ》り、鹿島灘の外を通って、元の勿来関へ帰るという大円だ。これが防空監視哨の最も外側に位置をしているもの、それから以内には、三重四重に監視哨を配置してあるんだが」
「聴音隊はどうです」
[#「帝都防空配置図」(fig3517_01.png)入る]
「聴音隊はその内側に並べてあるが、これも東京を三重四重に包囲している。一番外側の聴音隊は、北から西へ廻って云ってみると、埼玉県の粕壁《かすかべ》、川越、東京府へ入って八王子、神奈川県の相模川に沿って鎌倉へぬけ、観音崎《かんのんざき》までゆく。浦賀水道にも船を配して聴いている。千葉県へ入って、木更津《きさらづ》から千葉をとおり、木下《きおろし》、それから利根川について西へ廻り、野田のすこし北を通って元の粕壁へかえるという線――この線以内に聴音隊が配置されてある」
「防護飛行隊が、監視哨と聴音隊との中間にいるわけでしたね」
「そうだ。立川、所沢《ところざわ》、下志津《しもしづ》、それから追浜《おっぱま》というところが飛行隊だが、命令一下|直《ただ》ちに戦闘機は舞い上って前進し、そこで空中戦を行うのだ」
「その内側が、われわれ高射砲隊ですか」
「その通りだ。大東京の外廓以内に、到るところ、高射砲陣地がある。ことにこの上野公園の高射砲陣地は、もっとも帝都の中心を扼《やく》する重要なる地点だ。われ等の責任は重いぞ」
 そう云ってK中尉は、天の一角を睨んだ。漆を融かしたような皐月闇《さつきやみ》の空に、怪鳥の不気味な声でギャアギャアと聞えた。
 そこへバタバタと靴音がして、伝令兵が飛んできた。
「隊長どの、警報電話であります」
「警報かッ」中尉は鸚鵡《おうむ》がえしに叫んだ。
「大宮聴音隊発警報」
「ウム」
「本隊は午前三時十五分に於いて、北より西に向いて水平角七十二度、仰角《ぎょうかく》八十度の方向に、敵機と認めらるる爆音を聴取せり。終り」
「御苦労」
 伝令はバタバタと駈けて向うへ行った。
 聴音機は殆んど頭上を指しているわけだから、聴音機の利く距離を二十キロとして、敵機はずいぶんの高度をとって飛んでいるものらしい。
 するとまた直ぐに、別の伝令が靴音も高く飛んできた。
「隊長どの、警報電話であります」
「うむ」
「大宮聴音隊発警報、本隊は午前三時二十分において、北より西に向いて水平角六十九度、仰角八十度の方向に、敵機と認めらるる爆音を聴取せり。終り」
「うむ、御苦労」
 計算器を合わせていたM曹長は、顔をあげて叫んだ。
「隊長どの、唯今の報告に基き計算致しますと、敵機の進行方向は東南東であります」
 その声の終るか終らぬうちに、浦和の聴音隊からの警報がやって来た。M曹長は図盤の上にひろげた地図に、刻々の報告から割りだした、敵機の進路を赤鉛筆でしるしていった。
「高射砲兵員、配置につけッ」
 K隊長は緊張に赭らんだ頬に、頤紐をかけた。
[#「飛行機の上昇限度と高射砲の偉力」の図(fig3517_02.png)入る]
 兵員は、急速に高射砲列の側に整列した。命令一下、高射砲は一斉にグルリと旋回して砲口を真北にむきかえた。
 真近い道灌山《どうかんやま》の聴音隊からも、ただいま敵機の爆音が入ったとしらせてきた。敵機は折からの闇夜を利用しいつの間にか防空監視哨の警戒線を突破し、秩父《ちちぶ》山脈を越えて侵入してきたものらしい。立川飛行連隊の戦闘機隊はすでに出動している筈だった。
「オイ、候補生。来襲した敵機というのはどこの飛行機だか、わかるかネ」K隊長は、綽々《しゃくしゃく》たる余裕を示して候補生をからかった。
「はッ、アラスカの米国極東飛行隊でもないですし、アクロン、メーコン号にしては時刻がすこし喰いちがっています。中国からの襲撃でないことは、近畿以西の情報がないですから……」
「で、何処からだというのか」
「勿論、西比利亜《シベリア》地方からです。ハバロフスク附近を午後八時に出発してやって来たとすると、方向も進路も、従って時刻も勘定が合います」
「ふうん。候補生だけあって、戦略の方は相当なものじゃネ」
 隊長は、わが意を得たという風《ふう》に微笑した。
「隊長どの、敵機の高度を判定しました。王子、板橋、赤羽、道灌山の各聴音隊からの報告から綜合算出しまして、高度五千六百メートルです」
「そうか。立川の戦闘機も、ちょっと辛い高度だな。それでは高射砲に物をいわせてやろう。第一戦隊、射撃準備!」
 対空射撃高度が十キロを越す十|糎《センチ》高
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング