な猟犬シェパードが、同じような向きに斃《たお》れている。赤ン坊を背負った若い内儀《かみ》さんが、裾をはだけて向うから駈けてきた。そのあとから小さい黒い影が一つ、追ってくる。
「母アちゃん、母アちゃん」
若い女は、もう気が狂っているのでもあろうか、愛児の叫び声も耳に入らないようだ。必死にとり縋《すが》られて、どう[#「どう」に傍点]とその場に倒れると、もうホスゲンが肺一ぱいに拡がったのか、立ち上る力もないようだ。哀れ死に行こうとする親子三名!
そのとき前の商家から、主人らしい男が、瓦斯マスクをかけて飛び出してきた。この様子を内から見ていたものと見え、傍によって、何事かを喚くと、そのまま起ち上って向うの辻に消えた。
するとその辻から担架隊がやって来た。例の男が連れて来たのだ。担架隊員はマスクをかけているが、服装からいうと、女学生らしい。手際も鮮かに、担架の上に三人を収容すると、瓦斯避難所の方へ駈け出した。親子の命はやっと救われたようだ。
発見者の男は、また家の中へ引っかえした。しかし彼は唯一人で土間に頑張っている。襖《ふすま》を開けて室に入ろうとはしない。それもその筈で、その室の中
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