ちまって、四階から上なんざ影も形もなくなり、その下の方は飴のように曲ってしまって骨ばかりなんだ。そりゃひどいものだよ」
そんな話をしているとき、電灯がパッと消えた。
「あっ、消えた」
「三十秒消えて、また点いて消えて、それからまた点くといよいよ非常管制だよ」
二人の少年は、真暗なところに立って、夜光の腕時計を眺めていた。そのときヒョーヒョーと汽笛は鳴りはじめ、ブーッとサイレンは鳴りだし、警鐘はガンガン、ガン、ガンと、異様な打ち方を始めた。
「いよいよ非常管制だッ」
「さア、大急ぎで、電灯を消しに行こう」
そのとき、天幕の中では、電灯がまた点いた。
「これは消さなくていいね」
「黒い布《きれ》で見えないようにしてあるから、大丈夫だよ」
少年達は、附近の家の窓から、消し忘れた電灯の灯影《ほかげ》が洩れてはいないか。ヘッドライトに紫か黒かの布を被《かぶ》せ忘れている自動車はないか、探しに出かけた。
「非常管制警報が出ましたよオ」
「皆さん。灯火《あかり》を洩れないようにして下さアーい」
この灯火管制がうまく行われているか、いないかによって、敵の航空軍が東京を発見する難易が定《き》まる。真暗になっていると、その上を通っても、畠地《はたち》だか山林だか市街だかわからないのである。
新宿の大通りには、刻々に群衆が増して行った。皆、他区から押しよせて来た避難民たちだった。
「お婆さん、どこから来たんです」
在郷軍人が提灯の薄あかりに、風呂敷包を背負ってウロウロしている老人を見つけた。
「あたしゃ、中野から来たんですよ。甲州の山の中へ逃げようと思うんですけれど、汽車は新宿からでないと出ないというので歩いて来たんですよ。しかしこの、おっそろしい群衆《ひと》では、あたしのような年寄はとても乗れませんですよ。どうしたら、ようございましょうね」
「じゃ、お婆さん。慌てて逃げても駄目だから、この駅の地下室へ入っていなさい。今に毒瓦斯でも来ると、地べたで死なねばなりませんからネ」
「毒瓦斯? ほんとうにあの毒瓦斯というのが来るのですか、ヤレヤレ」
婆さんは闇の中へ、可哀そうな姿を消した。
「君、瓦斯マスクを売っているとこ、知りませんか。教えてくれれば、五百円を今、あなたに進呈しますが」
金持らしい紳士が、在郷軍人によびかけた。
「配給品以外にはないようです。お気の毒さま」
「
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