ッドの上に引張り上げてやった。博士は間もなく、急にゴホンゴホンと咳をしだした。持病《じびょう》のぜんそくが起ったのである。
「は、早く早く。あの戸棚の一番下の引出しの奥の方に薬があるから、と、とって呉れ。ああウウ」


   最後の手


 清家博士がベッドの上で発作を起したので、愕いた妻君は博士の云うとおりに、戸棚の一番下の引出しを明けて、奥の方を探してみた。なるほど白い薬の包みがある。
「これですか、あなたア」
「おお、それだ。早く早く。ゴホンゴホン」
 妻君が薬の包みを渡すと、博士は枕元《まくらもと》のコップに水をなみなみと注《つ》いで、
「さらば、愛するオクサンよ!」
 と云うなり、薬を口中に抛《ほう》りこもうとした。ぜんそくの薬と思わせたのは、実は消身薬の包みであった。
「あなた、待って――」妻君は愕いて清家博士の手を押さえた。
「あなたが死ぬなら、妾《わたし》も一緒に死にますわ」
 妻君は博士が自殺するものと早合点したので、そういうが早いか妻君は戸棚の引出しのところへ駈けつけるなり、自分も一袋をとって口の中に抛りこんだ。
 かくて二人の姿は、この寝室から消え失せた。どこから
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