、猫が風邪をひいたようなしゃがれ声がした。
「コラ、女よ。わしは猫の神じゃ。お前の亭主は不都合なのじゃから、わしが連れてゆくぞや。オイ、窓のところを見ろ」
 妻君が、ハッと窓の方を見たときだった。風もないのに硝子戸がガチャーンと割れて、あとに大きな穴がポカリと明いた。キャーッ。


   夕立雲


 妻君は夫博士が猫の神にとうとう空気に変えられてゆかれてしまったものだと思いこみ、非常に恐怖にとらえられた。
 発明の古い器械で身体の見えなくなった博士は外に出て、洋服についている硝子の粉を払《はら》いながら、さてこれからどうしたものだろうと考えた。
「ウン、屋根の上で日向《ひなた》ぼっこでもしながら、これから先のことを考えよう」
 彼は屋根へのぼって、暖い瓦の上にゴロリと横になった。
 いよいよ考えようと思っているうちに、博士は日頃の疲れで、早くもグッスリ睡《ねむ》ってしまった。
 そのうちに夕立雲が出てきて、ザアザアと雨が降りだした。ズブ濡れになったところで博士はやっと目を覚した。
 雨が降っては、外が歩けないから、清家博士は靴をブラ下げたまま、屋根伝いに物干台から家の中に入った。
 
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