んは。よオし、もう妾《わたし》ゃ堪忍袋の緒が切れた。鍵ぐらいなアんだッ」
 ドーンという荒々しい物音。
 妻君は太った身体をドシンドシンと扉《ドア》にぶつける。錠前がこわれて、扉はポーンと明いた。
「チキショー、お前さん。……」
 と、勢いよく飛びこんでみたが、なんたる不思議、そこに居ると思った亭主清家博士の姿が見えない。


   博士夫人


「おンや、お前さん、どこへ隠れたのさあ」
 ファッショの妻君は、室内に入ると、清家博士の姿が見えないので、愕きかつ憤慨の態《てい》である。――しかし室内には、蠅一匹見えやしない。
「窓から飛び出したようにも見えないんだけれど……」
 妻君は窓のそばによって、硝子《ガラス》戸を上にあげた。
「ハ、ハッショイ。――」と、そのとき突然大きな嚏《くさめ》の音がした。
「おやおやおや、誰が噂をしたのだろう。妾《わた》しはたしか嚏をしないのに、外に誰がしたというのだろう。はてナ……」
 妻君の眼がギラギラ光り出した。
 そのときであった。妻君の頭髪を上の方へギューッと引張りあげたものがある。
「うわーッ、あいたあいたあいた。で、誰れ?」
 すると上の方で
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