ったらしい。
「ああ、そのことですか。わたしは問題をかんたんにするため、いちおうその『骸骨の四』と金属Qとが同一物であったと仮定します。もしこの仮定がまちがっていたところで、たいしたあやまりではないと思います。同一物でないとしても、両者は親類ぐらいの関係にあるものと思います」
「ふーン。そうかね」
「つまりどっちも博士の研究物件なんです。そしてどつちも生命《せいめい》と思考力《しこうりょく》とを持っているものと考えられる。いや、その上に活動力《かつどうりょく》を持っているんです。『骸骨の四』は、金属Qと同一物であるか、そうでないにしても、金属Qは『骸骨の四』から生まれた子か孫かぐらいのところでしょう。けっして他人ではない」
 蜂矢のほおが赤く染まった。かれも、じぶんのたてた推理に興奮《こうふん》してきたのであろう。
「これは気味のわるいことになった」
 と検事は、指にはさんだタバコから、灰がぼたりとひざの上へ落ちるのにも気がつかない。
「われわれは知らないうちに、金属Qと同席していたことになるんだね。これは生命びろいをしたほうかね。いやな気持だ」
「検事さん、これはあなたのお信じにならない、おとぎばなしの仮定のうえに立つ推定なのですよ。それでも気味が悪いですか」
 蜂矢が皮肉ではなく、まじめにたずねた。
「うむ。なんだか知らないが、ぼくはいましがた、とつぜんいやな気持におそわれた。いままでの経験にないことだ。そうだ、これはきみの話し方がじょうずなせいだろう。ぼくはやっぱりおとぎばなしなんか信じることはできないね。はははは」
 と検事は笑った。そしてタバコを口へ持っていったが、火は消えていた。
「ところが検事さん。いままでの話は、おとぎばなしや仮定であったかもしれんですが、ここに新しく、厳然《げんぜん》たる怪事実が存在することを発見しました。このものは、考えれば考えるほど、おそろしい正体《しょうたい》を持っていると思われてくるのです。まさに二十世紀がわれわれに、おきみやげをする奇蹟《きせき》である。というか、それとも、われわれは実にばかにされていると思うんです」
 蜂矢の目が、あやしく光ってきた。
「それは何だい。きみのいっていることはチンプンカンプンで、意味がわかりゃしない」
「いや、そうとでもいわなければ、その怪事実のあやしさ加減《かげん》をすこしでも匂《にお》わすことができないのです。まあ、それよりは、さっそくこれからご案内しましょう。わたしといっしょに行ってください。そして検事さんはご自分の目でごらんになり、そしてご自分の頭で、その怪事実の奥にひそむ謎をつまみ出してください」
「え、どこへ行ってなにを見ろというのかい」
「今、浅草公園にかかっている“二十世紀の新文福茶釜《しんぶんぶくちゃがま》”という見世物を見物に行くんです。これは、わたしの助手である小杉《こすぎ》少年が、わたしに知らせてくれたものです。じつは茶釜じゃなく、めし[#「めし」に傍点]たき釜の形をしているんですが、それがひょこひょこ動き出し、音楽に合わせておどったり、綱わたりもするんです。しかもインチキではないらしい……」
「インチキにきまっているよ。きみもばかだねえ」
「いや、ところがわたしのしらべたところは、インチキでないのです。わたしは気がついたのです。あの新文福茶釜こそ、金属Qそのものが、茶釜にばけているのかもしれません」
「なに、金属Qだって。よし、すぐ出かけよう。そこへつれていってくれたまえ」
 検事は立ちあがって帽子をつかんだ。


   観音堂《かんのんどう》うら


 すばらしい人気だった。
「二十世紀の文福茶釜は、こちらでござい。これを一度みないでは、二十世紀の人だとはいえない。これを見ないで、二十世紀の科学文化をかたる資格はない。東京第一の見世物はこれでござい。
 坊っちゃん、お嬢ちゃん、さあ、いらっしゃい。学童諸君も大学生諸君も、早く見ておいたがよろしい。社会科に関係あり、理科に関係あり。
 このめずらしい『鉱物』を見おとしては一代の恥《はじ》ですよ。さあ、いらっしゃい。入場料はびっくりするほどやすい。たった三十円です。こどもさんは大割引のたった十円」
 観音堂《かんのんどう》のうらにあたる空地《あきち》に、本堂そこのけの背の高い大きな小屋がけをし、サーカスそっくりのけばけばしいどんちょう[#「どんちょう」に傍点]やら大看板《おおかんばん》、それに昔のジンタを拡大したような吹奏楽団《すいそうがくだん》が、のべつまくなしに、ぶかぶかどんどん。
 この大宣伝政策はみんな、かの大学生|雨谷金成《あまたにかねなり》、いや、この興行主《こうぎょうしゅ》の雨谷狐馬《あまたにこま》が、頭の中からひねりだしたもの。
 花形大夫《はながただゆう》の二十世紀文福茶釜は、じつは彼が新宿《しんじゅく》の露天《ろてん》で、なんの気なしに買ってきた、めしたき釜《がま》であった。
「どうです、長戸さん、この景気は……」
 と、蜂矢探偵は検事の顔を見る。
「いやあ、大したものだね。おそるべき大あたりの興行だ。これじゃ表の観音さまのおかせぎ高よりは多いだろう」
 検事は目をぱちくり。
「それじゃ、われわれも場内へはいってみましょう。二郎君。入場券を買っておくれ、大人二枚に子供一枚。子供というのは、君のぶんだよ」
 そういって蜂矢はポケットから、紙幣《さつ》をまいたのを出して、その中から七十円をとって、小杉少年にわたした。
 少年は、すぐかけていって券を買って来た。そこで三人は、すごい人波にもまれながら、小屋の入口から中へはいった。
 三千人あまりの入場者が、ひしめきあって、舞台の上の怪物の動くあとを、目で追いかけていた。
 舞台は、拳闘のリングのように、見物人に四方をかこまれてまん中にあり、いちだん高くなっていた。そして舞台から二本の花道が、楽屋《がくや》の方へわたされていた。
 大学生|雨谷《あまたに》は、りっぱな燕尾服《えんびふく》をつけ、頭髪はとんぼの目玉のように光らせ、それから長い口ひげをぴんと上にはねさせ、あご[#「あご」に傍点]には三角形のあごひげ[#「あごひげ」に傍点]をはやして、どうやら西洋の悪魔の化身《けしん》のように見える。
 手にはぴかぴか光る銀の棒を持って、二十世紀茶釜にしきりに気あいをかけている。
「いよいよ、これより千番に一番のかねあい、大呼び物の綱わたりとございまする」
 美しい女助手が六人、ばらばらとあらわれ、舞台に高く綱をわたす。そのあいだ、問題の怪物は、台の上の、赤いふとん[#「ふとん」に傍点]の上にどっしりしり[#「しり」に傍点]をおちつけ、ごとごととからだをゆすぶっている。
 綱は引きはられた。助手たちは、左右へぱっと、花が飛ぶようにわかれると、三角軒狐馬師《さんかくけんこまし》がしずしずと舞台の中央に立ちいでて、口上をのべる。
「いよいよもって、二十世紀茶釜の綱わたりとございまする。ところがこの綱わたりは、あっちにもある、こっちにもあるというかびくさい綱わたりとはちがい、すこぶる奇想天外《きそうてんがい》、大々奇抜《だいだいきばつ》なる綱わたりでございまする。それはじつに、ユークリッドの幾何学を超越《ちょうえつ》し」
 と、ここまでいうと、れいの花のような女助手が左右から雨谷のうしろにきて、雨谷のからだに、うらがまっかな大学教授のガウンを着せ、それから雨谷の頭の上に、ふさのついた四角い大学帽をのせる。
「しかして二十世紀の物理学の弱点をつき、大宇宙の奥にひそめられたる謎をば、かつ[#「かつ」はママ]ギリシャの科学詩人――」
「能書が長いぞ」
「早くやれッ。演説を聞きにきたんじゃねえや。綱わたりをやらかせ」
「そうだ、そうだ。早く茶釜の綱わたりを見せろ」
「……いや、諸君のご熱望にこたえ、くわしき説明はあとにゆずり、ではさっそく綱わたりをお目にかけまする。花形茶釜大夫《はながたちゃがまだゆう》、いざまずこれへお目どおりを。はーッ」
 すると、れいの怪物の釜が、赤いふとんからむくむくと動きだして、ぬっとさしだした雨谷の手の上にひょいと乗る。
 そのまま、お客のまえを、釜はあいさつするように、つつーッと通る。
 それが一巡《ひとまわ》りすると、釜は綱のはしへ、ひょいとのせられる。
 一本の綱だ。その綱はゆらゆらとゆれている。その上へ、釜がのる。見たところ、はなはだ不安定だ。
 だが、怪物の釜は、どんとおしり[#「おしり」に傍点]をおちつけて、落ちはしない。


   すごい空中曲芸


「早く綱をわたらせろ」
「足はどうした。茶釜から足がはえないぞ」
「タヌキの首もはえないや」
「さきに説明を打ち切りましたが……」
 と雨谷が、ここぞと声をはりあげての口上《こうじょう》だ。
「二十世紀の茶釜は、昔の文福茶釜のようなタヌキのばけた動物とはちがい、純正《じゅんせい》なる『鉱物』でござりまする。その証拠には、お見物のみなさんがたよ、この二十世紀茶釜は足もはえませずタヌキの首もでませず、お見かけどおりの、いつわりのない釜でござりまする。それが、あたかも生《せい》あるもののごとく、綱わたりをいたしまするから、ふしぎもふしぎ、まかふしぎ。さあ大夫さん、わたりましょうぞ。はーッ」
 雨谷の口上に、二十世紀茶釜は、そろそろと綱の上をわたりはじめた。
 あれよ、あれよと、見物の衆の拍手大かっさいである。小杉少年も蜂矢探偵も、手をぱちぱちとたたく。ただ長戸検事だけは、こわい目を舞台へ向けて、手をたたくどころか、にこりともしない。
 あやしい茶釜は、するすると綱の上を走ってまんなかまで進んだ。そこでぴったりととまった。
「茶釜はひとまず休憩《きゅうけい》、絶景《ぜっけい》かな、絶景かな、げに春のながめは一目千金《ひとめせんきん》……」
 と、釜はまたそろそろと綱をわたりだした。囃方《はやしかた》がおもしろくはやしたてる。
「どうです、長戸さん」
 蜂矢は、検事の耳にささやいた。
「なんだかあやしいね。あれは何か仕掛けがあって綱わたりをしているんだろうね」
「さあ、そこが問題なんですが、まあ、もうすこし見ていらっしゃい」
 釜は、綱を向うのはしまでわたりきると、こんどは引き返しだ。むぞうさに綱の上をつつーッと走る。
「さあ、これよりはお目をとめてご一覧、二十世紀茶釜は脱線《だっせん》の巻とござい」
 雨谷の口上。するとふしぎな釜は綱をふみはずした。あっ、落ちるかと思ったが、落ちもしない。綱をふみはずしたまま、あやしい釜は宙に浮いている。
「つぎなる芸当は、二十世紀茶釜は宙がえり飛行の巻……」
 するとあやしい釜は綱のまわりを、くるッくるッとラセン状にまわりだした。なぜ釜が、そんな宙がえり飛行をするのかわからない。
「このところ糸くり車。これよりいよいよ早くなりまして急行列車の車輪とござい」
 釜はくるくると、目にもとまらぬ速さでまわりだした。観客は拍手大かっさいである。
「これこれ釜さん。ちょいと見物の衆に拍手のお礼をなされよ」
 雨谷がいうと、ものすごい速さでラセン回転をしていたあやしい釜は、ぴたりと舞台の中央に――おお、それは宙づりの形でもって、ぴたりととまり、おじぎをするように見えた。
 またもや見物席よりは拍手のあらしだ。
「ごあいさつすみましたれば、つぎは大呼びものの大空中乱舞《だいくうちゅうらんぶ》とござい。はーッ」
 口上《こうじょう》とともに、釜は舞台の上をはなれて、見物席の上へとんでいった。そこでひらりひらりと、まるでこうもり[#「こうもり」に傍点]のように飛びまわるのであった。見物人は、ほうほうとおどろきの声を発してあやしい釜のあとを目で追いかける。
「どうです、検事さん」
 蜂矢探偵は、長戸のそで[#「そで」に傍点]をひいた。
「うむ、じつに奇怪きわまる。どうしてあんな空中乱舞ができるのだろうか。あれが仕掛けによるにしても、それは非常にすぐれた仕掛けであるにそういない」
「ぼくはあれについて、三人の技術者と、二人の科
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