学者の意見をもとめましたが、この五人の専門家の感想はおなじでありました。つまりああいう運動は、今日の科学技術の力では、とてもやらせることができないというんです。この言葉は、ご参考になるでしょう」
「ふーむ。すると、あれは仕掛けあって動いているのではないという解釈なんだね」
「そうなんです、その五人の専門家の意見というのはね」
「じゃあ、なんの力で動くのか、解釈がつかないではないか。あの釜を動かしている力のみなもとは、いったいなんだ」
「それこそ金属Qですよ」
「金属Q?」
「針目博士が作った金属Qです。生きている金属Qです。生きているから動きもするし、宙がえりもする」
「はっはっはっ。きみは解釈にこまると、みんな金属Qの魔力にしてしまう。いくら原子力時代でも、そんなふしぎな金属Qが存在してたまるものか。またはじまったね。きみのおとぎばなしが」
「長戸さん。あなたはここへきて、さっきからあれほど、金属Qなるものの活動をごらんになっておきながら、まだその本尊《ほんぞん》を信じようとはせられないのですか」
「あれは一種の妖術《ようじゅつ》だよ」
「では、誰が妖術を使っていると思われるのですか」
「それはあの燕尾服《えんびふく》の男とその一統《いっとう》か、あるいは針目博士だ」
「針目博士ですって。あなたは博士がまだこの世に生きていると思っているんですね」
「いや、確信はない。しかし、もしも針目博士が生きていたら、この種《しゅ》の妖術を使うかもしれないと思うだけだ」
そういっているとき、とつぜん場内がそうぞうしくわきあがった。それは一大椿事《いちだいちんじ》が発生したからだ。その椿事を、蜂矢も長戸も、たがいに論争しながらも、ちゃんと見ていたのである。だからふたりも、他の観客とおなじように「あああッ」と叫んで、席から立ちあがった。
その一大椿事とは何?
一大椿事《いちだいちんじ》とは?
一大椿事というは、二十世紀茶釜が上から落ちて、小さな破片にわれてしまったことである。
そのすこのしまえ、かのあやしい釜は、見物人の頭の上の飛行を一巡《ひとまわ》りおえて、からだをひねって、ひらりと舞台の上へもどってきた。そしてもういちど綱わたりをはじめたのだ。
見物人たちは、めでたく場内大飛行に成功してもどってきた二十世紀茶釜に拍手をあびせかけた。綱わたりははじまっているが、もう誰も以前のように、その綱わたりが成功するか失敗するかについて、手に汗をにぎっていなかった。成功するのは、もうあたりまえといってよかった。
ところが、その予想が狂ったのである。二十世紀茶釜は、綱のまん中まできたとき、とつぜんすうーッと下に落ちていった。
がちゃーン。
金属的なひびきがして、二十世紀茶釜は、舞台のゆかにあたってこわれてしまった。
「やあ、茶釜がこわれた」
「ようよう、芸がこまかいぞ。二十世紀茶釜は、このとおり種もしかけもありませんとさ」
「ああ、そうか。わっはっはっはっ」
見物席のわきたつ中に、きも[#「きも」に傍点]をつぶして、その場にぶっ倒れそうになったのは、興行主《こうぎょうしゅ》の大学生|雨谷《あまたに》だった。かれは、こわれた釜のそばへかけより、ひざを折って破片《はへん》をひろいあつめ、むだとは知りつつも、その破片をつぎあわしてみた。
だめだった。二十世紀茶釜はもとのとおりにならなかった。かれは落胆《らくたん》のあまり、場所がらをもわきまえないで、舞台にぶっ倒れて、おいおいと泣きだした。
「おい、あそこにあやしい奴がいる。逃げるつもりらしい。逃がすな」
そういったのは、長戸検事であった。
かれはさすがに、職掌《しょくしょう》がら落ちついていて、あのような大椿事《だいちんじ》のときにもあわてないで、ひとりのあやしい人物をみとめたのだ。その人物は、舞台のすぐ前にいて、いす席にはつかず、たって見物していた。そしてあの事件の起こるすこし前になって、かれは、吊皮《つりかわ》でくびから吊《つ》って小脇にかかえていたカバンぐらいの大きさの黒い箱を胸の前へまわした。その箱と舞台とをはんぶんにのぞきながら、かれはその箱を手でいじっていた。そのうちに、かれがさっと顔をきんちょうさせた。そのせつなに、舞台では二十世紀茶釜が、綱を踏みはずして下に落ちたのであった。
するとその人物は、いっしゅん硬直《こうちょく》していた。快心《かいしん》のほおえみをもらしたようにも思えたが、なにしろその人物は、茶色の、型のくずれたお釜帽子《かまぼうし》をまぶかにかぶり、大きな黒めがねをかけ顔の下半分は、黒いひげでおおわれていたので、その表情をはっきりたしかめることができなかった。
(あやしい奴!)
検事の目が、はりついたようにじぶんの上にあると知ってか知らないでか、その怪人物は席をはなれて、わきたつ見物人たちをかきわけて場外へ出ようというようすだ。そこで長戸検事は、蜂矢探偵に、
「あそこに、あやしい奴がいる。逃がすな」
と声をかけたのであった。
検事が席を立って走りだしたので、蜂矢はかれのあとにしたがわないわけにいかなかった。だがこのとき蜂矢十六は舞台の方へ、かなりひきつけられていたのである。その心をあとへ残し、助手の小杉少年にそれッと目くばせをして、わずかのことばを少年の耳にのこすと、蜂矢は検事のあとを追いかけた。
小屋の出口のところで、検事は不良青年数名《ふりょうせいねんすうめい》につかまって、なぐりっこをやっていた。そこへ蜂矢はとびこんで、不良青年たちをあっさりとかたづけた。そしで検事を助けて、場外へでた。
「あ、あそこにいる」
怪人物は公園から町の方へ逃げだすところだった。かれはちらりとうしろを見た。
蜂矢は検事とともに全速力で追った。
怪人物は、うしろを見ながら、ひろい道路を馬道《うまみち》の方へかけていく。かれは老人のように見えながら、いやに足が早かった。しかし検事は学生のとき短距離の選手だったから、足には自信があったし、蜂矢は若さで追いつくつもりだった。
怪人物は、馬道の十字路をはすかいにわたった。そのとき自動車が怪人物をじゃました、だから追うふたりがつづいて、その十字路をよこぎったときには、わずかに距離を十メートルほどにちぢめていた。もうすこしだ。
がちゃーン。
怪人物は小脇にかかえていた黒い箱を歩道の上におとした。
「あッ、それを拾《ひろ》わせるな」
検事が叫んで、黒い箱の方へとびついた。蜂矢もその黒い箱にちょっと注意をうつした。それが怪人物にとっては、絶好の機会だった。二人が顔をあげて、怪人物の方をみたとき、怪人物のすがたはもうなかった。
怪人物は、かきけすようにすがたを消してしまったのである。異様《いよう》な黒い箱だけが、ふたりの手にのこった。
黒箱《くろばこ》の謎
「うーん、ざんねん。うまく逃げられてしまったわい」
長戸検事は、大通りのヤナギのかげで汗をふきながら、そういった。とり逃がした怪人物をあきらめたようなことをいいながらも、まだかれの目は往来《おうらい》へいそがしく動いていた。
「きょうは逃がしても、そのうちにきっとつかまりますよ」
蜂矢探偵が、検事をなぐさめた。
「そうだ。とにかく、彼奴《あいつ》はこのへんですがたを消したんだから、どこかこの近くに巣《す》くっているのにちがいない。ああ、そうだ。怪人物がおとしていった黒箱を、ちょっとしらべてみよう。こっちへだしたまえ」
その黒箱は、さっきから蜂矢が検事からあずかって、こわきに抱いていたのだ。それは木の箱だった。しかしかなり重いところをみると、中に金属製の何物かがはいっているにちがいない。
「どこかあくんだろうが、どうしたらいいだろうかね」
検事は、こういうことになると、いつも手をやく方であった。そこで蜂矢のたすけをもとめる。
「さあ、どこがあくんですかな」
蜂矢もその場にしゃがんで、黒箱をいろいろといじってみる。なかなかあかなかったけれど、蜂矢がその黒箱の板の節穴《ふしあな》に小指を入れてみたときに、きゅうに箱がばたんとはねかえり、四方の枚がはずれた。そして中から出てきたものは、銀色のうつくしい金属|光沢《こうたく》をもった箱であった。
「二重箱《にじゅうばこ》になっているんですね。なかなか用心ぶかい作りかただ」
蜂矢は、おどろいていった。
「なるほど。そしてこれは何かの器械らしいが、いったいなんの器械かね。なんに使う器械かね」
「さあ。待ってくださいよ」
蜂矢は、ポケットからドライバーを出して器械の裏蓋《うらぶた》をあけた。中を見ると、ラジオ受信機に似た、こまかい部品器具が集まっており、赤や青や黄のエンパイヤ・クロスのさやをかぶった電線が、くも[#「くも」に傍点]の巣のように配線してあった。
「電波を出す器械のようですね。いわゆる送信機の一種らしいのですが、かんじんの真空管がぬいてあるし、電波長《でんぱちょう》を決定する、同調回路《どうちょうかいろ》のところもねじ切ってあるから、はっきりわかりませんねえ」
蜂矢は、いよいよおどろきの色を見せてそういった。
「なんだって、かんじんの真空管やら、何やらがぬいてあるというのかい。誰がそんなことをしたのだろう。やっぱり、あのあやしい男のしわざか」
検事は自問自答した。
「そうでしょうね。あの怪人物は、なかなか注意ぶかくやっていますね。ただのネズミじゃありませんね」
「そうだ。こうなると、こんな黒箱なんかに目をくれないで、彼奴《あいつ》をおいつめた方がよかったんだ。そして、みんな彼奴の註文《ちゅうもん》に、こっちがはまったことになる。まったくわれながらだらしがないわい」
検事は、苦笑してくやしがった。
「とにかくこの黒箱は持ってかえって、なおよくしらべてみましょう。時間をたっぷりかけてしらべると、もっとはっきりしたこの器械の性質なり使いみちなりがわかるかもしれません」
「そうしてくれたまえ」
そこでふたりは、ヤナギの木かげから腰をあげた。
「検事さんは、これからどうしますか」
「もう一度、二十世紀茶釜の小屋のようすを見てから、役所へもどることにしよう」
「では、おともしましょう」
ふたりは、道をひきかえして、浅草公園のうらから中へはいった。
さっきまで大にぎわいだった小屋のあたりには、もう人影もまばらだった。
小屋のまえに立ってみると、あの景気のよい呼びこみの声もなく、にぎやかすぎるほどの楽隊の楽士たちも、どこへ行ったかすがたがなく、表の札売場《ふだうりば》はぴったりと閉じられ、「都合により本日休業」のはり紙が四、五枚はりつけられ、そよかぜにひらひらしていた。
ふたりは、小屋の中へはいってみた。
なかには、もちろん見物人はただのひとりも残ってはいず、この小屋の雑用《ざつよう》をしているらしい老人が四、五名、のんきそうに舞台の上でタバコをすい、茶をのんでいるだけだった。
「おいきみ、興行主《こうぎょうしゅ》の雨谷《あまたに》君は、どこにいるのかね」
検事が、そういって、たずねた。
その筋《すじ》の人だということは、老人たちにもすぐぴーんときたらしく、かれらはぺこぺこと頭をさげて、
「へい、だんな。雨谷さんは、さっき寝台自動車《しんだいじどうしゃ》にのせられて、なんとか病院へ行きましたがね」
「どこか、からだの工合がわるいのかね」
「へい。なんですか、心臓が悪いとか、アクマがどうしたとかいってましたがね、あっしはよくみませんので。へへへへ」
茶釜小屋《ちゃがまごや》の終幕《しゅうまく》
その夜、小杉二郎少年が蜂矢のところをたずねてきたので、ひるま茶釜破壊の椿事《ちんじ》があってからあとの、小屋のなかのようすがだいたいわかった。
「あの雨谷《あまたに》という茶釜使《ちゃがまつか》いの人は、たしかに気がへんになったようですよ。はじめは舞台の上にうつぶして、わあわあ泣いていたんですが、しばらくすると、むっくり起きあがりましてね、歌をうたい出
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