はその釜であった。いったいどんな秘密を、この釜が持っているのであろうか。


   金属Qの謎


「どうかね。なにか手がかりをつかんだかね」
 長戸検事は、役所へたずねてきた蜂矢十六探偵の顔を見ると、目をすばしこく走らせてそういった。
「あなたのお気に召さない、例の方面をほじくっているんですがね」
 と、蜂矢探偵は検事の机の横においてあるいす[#「いす」に傍点]に腰をおろして、にやりと笑った。
「ははあ、また“金属Q”の怪談《かいだん》か。きみも若いくせにおばけばなしにこるなんて、おかしいよ。良くいっても、きみがおとぎばなしをひとつ作ったというにすぎない」
 検事は、いまいましそうに、エンピツのおしり[#「おしり」に傍点]で前にひろげてある書類をぽんぽんとたたく。
 金属Qとは? それは本篇のはじめにご紹介したが、針目博士の日記と研究ノートのなかから蜂矢探偵がひろいあげた謎にみちた物件であった。
 金属Q!
 それはほんとうに実在するのか。それとも針目博士が頭の中にえがいていた夢にすぎないのかそのどっちか、よくはわからなかった。第一、博士の書き残してあるものを読みあさっても、金属Qなるものがどんなものやら、そしてどんな性質をもっているものやら、そこらがはっきり書いてない。そのうえに、博士の書いてある説明は現代において、普通に知られている理学《りがく》の範囲《はんい》をかなりとび出していて、解《かい》することがむずかしい。正しいのか、まちがっているのか、それさえ判定がつきかねる。
 だが、蜂矢十六は、そういうわけのわからないものの中に、自分も共にわからないでころがっているのは、おろかであると思った。じぶんは探偵だ。金属Qの理学に通じ、その論文を完成するのは、世の学者たちにまかせておけばいい。じぶんは身をもって金属Qという、怪《あや》しき物件《ぶっけん》にぶつかり、それを手の中におさえてしまえば、それでいいのであった。そしてそれはいそがねばならない。
 そこで蜂矢は、すこぶる大胆《だいたん》に、つぎの仮定を考えた。
 一、金属Qという怪物件《かいぶっけん》が実在《じつざい》する。
 二、金属Qは、人造《じんぞう》されたものである(針目博士だけが、それを創造《そうぞう》することができるらしい)。
 三、金属Qは、生命《せいめい》と、思考力《しこうりょく》とを持っている。
 蜂矢は、この三つの条件をそなえた金属Qが実在すると、かりに信じ、これをレンズと見なし、そのレンズを通してこれまでの怪事件を、見なおしたのであった。そのけっか、長戸検事のところへ出むいて、もう一度おとぎばなしをする必要を感じたのだ。
「検事さんもごらんになった、あの第二研究室の中の棚に並んでいた、へんな試作物《しさくぶつ》のことですがね。たしか『骸骨《がいこつ》の一』から『骸骨の八』までの箱がならんでいたそうですが、あの中にあったへんな試作物こそ、金属Qの兄弟だったんじゃないですかね」
「ふーン」
 検事は、天じょうのすみを見あげて、ため息ともうなり声ともつかない声を発した。
 ――そうだ。たしかにじぶんは「骸骨の一」とか「骸骨の二」とか札のついていたものを見物《けんぶつ》した。それは、すこぶるかんたんな立体幾何学的《りったいきかがくてき》な模型《もけい》のような形をしていた。
 大小三つの輪が、からまりあっているような、そしてかごのできそこないみたいにも見えるものがあった。あれがたしか「骸骨の一」であった。
 それから、三本の直線の棒が平行にならんでいて、そのあいだに助骨《ろっこつ》のように別のみじかい棒が横にわたっていて、もとの三本の直線の棒をしっかりとささえていた。それが「骸骨の二」であったと思う。じぶんは、ふしぎに思ったので、よく見て、いまもわすれないでいるのだ。
 そのつぎに「骸骨の三」は前の二つのものよりずっと複雑なものだった。いやにまがりくねった透明《とうめい》の糸みたいなものが走っていて、なんだかクラゲのような形をしていた。
 さてそのつぎの「骸骨の四」という仕切りの中を、針目博士が開いて、おどろきの目をみはったのだ。その箱の中には、かんじんの物件《ぶっけん》がはいっていなかった。
“どうしたのだろう。わけがわからない”
 と博士が叫んだ。その直後、さっきからじりじりと焦《じ》れていた川内警部が、火のついたような声で叫んだため、なにかそれが刺《し》げきとなったらしく、博士は“危険だ、みなさん外へ出てください”と追い出し、そしてそのあとであの爆発が起こったのだ。してみれば、「骸骨の四」が紛失《ふんしつ》していたことがひとつの手がかりかもしれない。いま、蜂矢探偵が、あのへんな透明な針金細工《はりがねざいく》のようなものを、金属Qの兄弟ではないかとうたがっているのも、根拠《こんきょ》のないことでもないと思われる。そこで検事はいった。
「……もし、そうだったら、どうしたというのかね」
「殺人事件の起こるまえに、金属Qだけは、第二研究室から逃げ出していたんです。博士は、それに気がつかないでいた。その金属Qは、お手伝いさんの谷間三根子《たにまみねこ》の部屋にもぐりこんでいた。そして彼女を殺したのです。三根子の両手両腕、肩や胸などに傷がたくさんついていますが、あれはみな、金属Qとわたりあったときにできた傷だと思うんです。どうですか」
 蜂矢は、にやにやと笑った。そのとき検事の方は、さっきとはちがってかたい表情になっていた。だが、黙《もく》していた。


   殺人者の追跡


「そののちになって、川内警部が足首の上を斬られ、田口巡査はほおを斬られましたね。あれもみな、金属Qのやった第二、第三の事件なんです。これはどうです」
 蜂矢探偵は、いよいよ検事のほうへ向きなおって、検事の答えはどうかと、目をすえる。
 検事は、目をとじた。そして無言《むごん》だ。
「そう考えると、針目博士邸《はりめはくしてい》における三つの殺人傷害事件《さつじんしょうがいじけん》も、かんたんに答が出てしまうのですがねえ。どうです検事さん。このおとぎばなしを採用なさったらどうですか」
 検事が、やっと目をあけた。かれは、エンピツのおしりで書類のうえをぴしりとうった。
「だめだ。いくら答がうまく出ようと、仮定のうえに立つ答は、ほんとの答とはいえない。金属Qがはたして谷間三根子を殺したか、川内君を斬り、田口巡査を斬ったか。そのところの証明ができないかぎり、その答を採用するわけにはいかん。まさか検事が全文おとぎばなしの論告はおこなえない」
 そうはいったが、検事も「もし犯人が金属Qならば」の仮定をおいて、答がずばりとでるその明快《めいかい》さには、心をうごかされているようすであった。
 蜂矢はかるくうなずいた。その仮定さえ証明できれば、検事も了解《りょうかい》すると見てとったからである。
「さあ、その仮定《かてい》が真《しん》なりという証明ですが、これは針目博士に会って聞けば、一番はっきりするんです。しかし困ったことに針目博士は姿を消してしまった」
「針目は死んだと思うか、それとも生きていると思うか、どっちです」
「みなさんの調査では、針目博士はからだを粉砕《ふんさい》して、死んだのだろうという結論になっていますね。ぼくもだいたいそれに賛成します」
「だいたい賛成か。すると他の可能性も考えているの」
「これは常識による推理ですが、針目博士はあの部屋の爆発危険《ばくはつきけん》をかんじて、あなたがた係官を隣室《りんしつ》へ退避《たいひ》させた。そしてじぶんひとり、あの部屋にのこった。博士のこの落ちつきはらった態度はどうです。博士はじぶんが助かる自信があったから、あの部屋にのこったんです。そう考えることもできますでしょう」
「それは考えられる。だがあのひどい爆発は、われわれがあの部屋を去るとまもなく起こった。博士が身をさけるつもりなら、なぜそのあとで、われわれのあとを追って出てこなかったのであろうか。そうしなかったことは、博士は爆発から身をさけることができなかったんだ。それにあの爆発は、じつにすごいものだったからね」
 検事は、そのときのことを思い出して、ため息をついた。
「あなたがたから見れば、爆発はたいへんすごいものであり、爆発はあッという間に起こったと思われるでしょう。しかし針目博士はあの部屋のぬしなんだから、そういうことはまえもって知っていたと思うんです。だから、いよいよわが身に危険がせまったときに、博士は非常用の安全な場所へ、さっととびこんだ。ただしこれは、あなたがたのあとについて、隣の部屋へのがれることではなかった。つまり、べつに博士は非常用の安全場所を用意してあり、そこへのがれたと考えるのはどうでしょう」
「そういう安全場所のあったことを、焼跡《やけあと》から発見したのかね」
「いや、それがまだ見つからないのです」
「それじゃあ想像にすぎない。われわれとて、もしやそんな地下道でもあるかと思ってさがしてみたが、みつからなかった」
「わたしは、もっともっとさがしてみるつもりです」
「いくらさがしても見つからなかったらどうする。それまでこの事件を未解決のまま、ほおっておくわけにはゆくまい」
「そうです。博士の安否《あんぴ》をたしかめるほかに、他のいろいろな道をも行ってみます。そのひとつとして、わたしは金属Qを追跡《ついせき》しているのです」
「え、なんだって、金属Qを追跡しているって。きみは正気《しょうき》かい」
 長戸検事は目をまるくして、蜂矢探偵の顔を見つめた。
「検事さん。わたしはもちろん正気ですよ」
「だってどうして金属Qを追跡することができるんだい。そんなものは、どこにもすがたを見せたことがない」
「さあ、そこですよ。金属Qのすがたを見た者はない。また金属Qのすがたがどんな形をしているか、それを知っている人もないようです。ですが金属Qは、まず第一に谷間三根子を殺害《さつがい》しました。あの密室をうちやぶって、中へとびこんだ連中は、室内に金属Qのすがたを発見することはできなかったが、そのすこしまえに金属Qが電灯のかさ[#「かさ」に傍点]にあたって、かさ[#「かさ」に傍点]をこわす音は耳で聞きました。そうでしょう」
 蜂矢の話は、事件のすじ道をたしかに前よりもあきらかにしたように思われ、検事も心を動かさずにいられなくなった。蜂矢はつづける。
「つまり、金属Qは、相当のかたさを持っているが、すがたは見えにくいものである。このように定義《ていぎ》することができます。このことを裏書するものは、つぎの警部と田口巡査の負傷です」
「あ、なるほど」
「見えない金属Qは、あの室内にとどまっていたんですが、きゅうにふとん[#「ふとん」に傍点]のしたかどこからかとび出した。そのとき川内警部の足首の上を、すーッと斬った。そして金属Qは室外へとび出したのです。そこは廊下です。廊下を博士の居間《いま》のある、奥のほうへととんでいく途中、田口巡査のほおを斬った。そうでしょう。こう考えて行けば、われわれは金属Qを追跡していることになる。そう思われませんか」
 蜂矢の顔は、真剣だった。


   「骸骨《がいこつ》の四」とQと


「なるほど。そう考えると、すじ道がたつ。感心したよ、蜂矢君」
 検事はポケットからタバコを出して、火をつけた。
「さあその先です」
 と蜂矢はこぶし[#「こぶし」に傍点]でじぶんの手のひらをたたいた。
「それから先、金属Qはどこへ行ったかわからない。わかっているのは、あなたがたが、博士に談判して、倉庫や研究室をおしらべになったことです。それから爆発が起こったというわけです」
「ちょっとまった、蜂矢君。れいの『骸骨の四』ね。第二研究室の箱の中からすがたをけしていて、針目博士がおどろいたあれだ。あの『骸骨の四』と金属Qとはおなじものだろうか。それとも関係がないものだと思うかね」
 検事も、いつの間にか、蜂矢のおとぎばなしに出てくる仮定を、しょうしょう利用しないではいられなくな
前へ 次へ
全18ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング