は、とつぜんそういった。
 蜂矢は、いうことばもなく、おしだまっている。
「生きている金属が作られるなんて、すばらしいことではないか」
 そういいながら、博士は手ばやくぬいだ服を着て、胸をはって、いかめしく室内を歩きまわりながら演説するような、くちょうでいった。
「生命と思考力とを持った金属が、人工でできるなんて、愉快なことだ。人間は、もっと早く、このことに気がつかなくてはならなかったのだ。植物にしろ動物にしろ、また鉱物にしろ、それを作っている微粒子《びりゅうし》をさぐっていくと、みんな同じものからできているんだからね。だから、植物と動物に生命と思考力があたえられるものなら、鉱物にもそれがあたえられていいのだ。そうだろう」
「植物に思考力があるというのは、聞いたことがありませんね」
「じっさいには、あるんだよ。人間の学問が浅いから、気がつかないだけのことなんだ。とにかく植物のことなんか、どうでもよろしい。今は生きている金属のことだけを論ずればいいのだ。金属を人工するのは、他のものをこしらえるよりも、一番やさしいことだ。そして、そのとき生命と思考力を持つように設計工作してやれば、生きている金属ができあがるのだ。生命も思考力も、電気現象《でんきげんしょう》にもとづいているのだから、そういうことを知っている者なら、かんたんにやれるのだ」
「なるほど」
「そこでわしは、これからこの部屋で、生きている金属をじゃんじゃん作ろうと思う。そしてそれを人体に住まわせる。かまうことはない、生きている金属は人間よりもかしこくて、強力なんだから、思いのままに人間を襲撃《しゅうげき》して、そのからだを占拠《せんきょ》することができるんだ」
 おだやかならない話になったので、蜂矢探偵は、からだをしゃちこばらせる。そんなことならいつ自分も、そのへんからとび出してきた怪金属のため、からだをのっとられるかもしれないと思えば、不気味《ぶきみ》である。
 博士は、そんなことにはおかまいなしに、しゃべりつづける。
「それを進めていくと、この世の中に金属人間がたくさんふえる。たびたびいうとおり、金属人間は、ふつうの人間よりもかしこいのだから、金属人間群は、ふつうの人間が百年かかってやりとげる科学の進歩を、金属人間は二、三年のうちにやりとげてしまう。世の中は、急速に進歩発展するだろう。すばらしいことじゃないか、探偵君。ふん、あんまり深く感心をして、ことばも出ないようだね」
 そのとおりだった。なんという奇抜《きばつ》な計画であろう、またなんというおそろしいことであろう。もしもそんなことができたなら、人間の立場はあやうくなる。蜂矢の背すじにつめたい戦慄《せんりつ》が走った。
「まあ、講義はそのくらいにしてこんどはいよいよ、しんけんな話にうつる。きみをここまでひっぱりこんだことについて、説明しなくてはならない。だが、もうきみはかんづいているだろう」
「なんですって」
「きみのからだをもらいたいのだ。わしは仲間のひとりに、きみのからだを世話《せわ》したいと思うのだ」
「とんでもない話です。わたしはおことわりします」
 と、蜂矢はうしろへ身をひいた。まったくとんだ話である。そんな怪金属にこの身を占拠《せんきょ》されてたまるものか。
「きみがなんといおうと、わしは思ったとおりにやるのだ。じたばたさわぐのはよしたがいいぞ」
 博士は、じりじりとつめよってくる。蜂矢探偵は、だんだんうしろへさがって、やがて壁におしつけられてしまった。
「どうするんです。金属Qは、ただひとりのはず。ほかに仲間があるなんて、うそ[#「うそ」に傍点]です。きみが、わたしのからだへはいりたいのでしょう」
 さすがに探偵は、いいあてた。その事情はわからないが、相手の計画しているところはわかるような気がする。
「ふふふふ、どっちでもいいじゃないか」
 いつのまにやら博士の手には、大きなハンマーが握られていた。博士はそれを頭上にふりあげて、今や蜂矢の頭に一撃をくわえようとしたとき、
「待て、金属人間。動くな。動けば生命《いのち》がないぞ」
 と、ひびいた声。
 蜂矢はおどろいて、そっちへ目を走らせた。するとこはふしぎ、もうひとりの針目博士が蜂矢をおびやかしている針目博士の方へしずしずとせまってくる。その博士は腕に機銃《きじゅう》に似たような物をかかえていた。
 ふたりの針目博士だ。どういうわけであろう。


   二人の針目博士《はりめはくし》


 針目博士《はりめはくし》が、ふたりあらわれた。
 蜂矢探偵は、わが身の危険も忘れて、しばしふたりの針目博士の顛を見くらべた。
 どっちも同じような顔つきの針目博士であった。ちょっと見ただけでは見分けがつかなかった。どっちの針目博士も、青い顔をしている。しかしどっちかというと、後《あと》からあらわれた博士の方がいっそう青い顔をしている。
 ところが顔いがいのところを見ると、だいぶんちがいがあった。蜂矢探偵を壁のところにまで追いつめた針目博士の方は、いやに高いカラーをつけて、くびのところが窮屈《きゅうくつ》そうに見える。また頭部に繃帯《ほうたい》をしている、その上に帽子をかぶっている。
 これにたいして、あとから現われた針目博士の方は無帽《むぼう》である。頭には繃帯を巻いていない。
 服装は、蜂矢探偵を追いつめている針目博士のほうは、黒いラシャの古風《こふう》な三つ|揃《ぞろ》いの背広をきちんと身につけているのに対し、あとからあらわれた針目博士の方は、よごれたカーキー色の労働服をつけていた。服はきれいではないが、小わきにりっぱな機銃《きじゅう》みたいなものを抱えている。
「動くと、これをつかうぞ。すると、金属はとろとろと溶《と》けて崩壊《ほうかい》する」
 あとからあらわれた針目博士が、はやくちに、だがよくわかるはっきりしたことばでいった。
「待て、それを使うな。わしは抵抗しない」
 始めからいた針目博士が、苦しそうな声で押しとどめた。もはや蜂矢探偵の頭上に、一撃を加えるどころのさわぎではない。かれ自身がすくんでしまったのだ。
「蜂矢さん。もうだいじょうぶだ。横へ逃げなさい」
 あとからあらわれた針目博士がいった。
 いったい、どっちがほんとうの針目博士であろうか。
 蜂矢探偵は、壁ぎわをはなれて、自由の身となったが、この問題を解《と》きかねて、あいさつすべきことばに困った。
「おい、金属Q。こんどは、廻れ右をして壁を背にして、こっちへ向くんだ」
 金属Q――と、しきりに、あとからあらわれた博士が呼んでいるのが、はじめからいた方の針目博士のことだった。――ほんとかしら――と、蜂矢は目をいそがしく走らせて見くらべるが、顔はよく似ていて、くべつをつけかねる。
 金属Qと呼ばれた方の博士は、しぶしぶ動いて壁に背を向け、こっちへ向きなおったが、とつぜん早口で叫んだ。それは、妙にしゃがれた声だった。
「きさまこそ、金属Qじゃないか。わしは針目だぞ、ごまかしてはいかん。しかし、わしは今、抵抗するつもりはない」
 頭に繃帯を巻いた方が、こんどは機銃みたいなものを抱《かか》えた方にたいし、金属Qよばわりをするのだった。これではいよいよどっちがほんものの針目博士だかわからなくなった。
「きみこそ金属Qだ。そんなにがんばるのなら、仮面《かめん》をはいでやるぞ」
 とあとからあらわれた博士が自信ありげにいって、蜂矢の名を呼んだ。
「なにか用ですか」
「そのニセモノのそばへ寄《よ》って、頭に巻いている繃帯《ほうたい》をぜんぶほどいてくれたまえ」
 と、機銃みたいなものを抱えている博士がいった。
「むちゃ[#「むちゃ」に傍点]をするな、傷をしているのに、繃帯をとるなんて、人道《じんどう》にはんする」
 と、壁のそばに立っている方の博士が、すぐ抗議した。
「蜂矢君。早く繃帯をとってくれたまえ。繃帯をとっても、血一滴《ちいってき》、出やしないから心配しないで早くやってくれたまえ」
 蜂矢は、ふたりの博士の間にはさまって、迷《まよ》わないわけにいかなかったが、とにかく繃帯をといてみれば、どっちがほんものかニセかがわかるかもしれないと思い、ついに決心して壁の前に立っている博士の頭へ手をのばした。博士は何かいおうとした。がもうひとりの博士が、機銃みたいなものを、いっそうそばへ近づけたので、顔色をさっと青くすると、おとなしくなった。
 蜂矢は、その機《き》に乗《じょう》じて、長い繃帯をといた。なるほど、繃帯はどこもまっ白で血に染《そま》っているところは見あたらなかった。ただ、その繃帯をときおえたとき、博土の頭部《とうぶ》をぐるっと一まわりして、三ミリほどの幅《はば》の、手術のあとの癒着《ゆちゃく》見たいなものが見られ、そのところだけ、毛が生えていなかった。
 なお、もう一つ蜂矢が気がついたのは、額《ひたい》の生えぎわのところの皮が、妙にむけかかっているように見えることだった。そのとき、後からあらわれた博士の声が、いらだたしく聞こえた。
「蜂矢君。こんどは、その高いカラーをはずしたまえ」
「カラーをはずすのですね」
 はじめから博士の特徴《とくちょう》になっていたその高いカラーを、蜂矢は、いわれるままに、とりはずした。すると蜂矢探偵は、そこに醜《みにく》い傷《きず》あとを見た。短刀《たんとう》で斬《き》った傷のあとであると思った。いつ博士はこんな傷をうけたのであろうか。すると、またもや、あとからあらわれた博士がいちだんと声をはりあげて、蜂矢に用をいいつけた。
「つぎは、その男の面《つら》の皮《かわ》をはぎたまえ。えんりょなく、はぎ取るんだ」
「顔の皮をむくのですか」
 蜂矢は、おどろいて、命令する人の方をふりかえった。あまりといえば、惨酷《ざんこく》きわまることである。


   落ちた仮面


「わけはないんだ。それ、その男の額《ひたい》のところに、皮がまくれあがっているところがある。それを指先でつまんで、下の方へ、力いっぱいはぎとればいいんだ」
 なんという惨酷な命令だろうと、蜂矢は、この命令を拒絶《きょぜつ》しようと考えたが、ちょっと待った、なるほどそれにしてはおかしい額ぎわの皮のまくれ工合《ぐあい》だ。
(ははあ。さては……)
 と、かれはそのとき電光のように顔の中に思い出したことであった。もうかれは躊躇《ちゅうちょ》していなかった。いわれるままに、そのまくれあがった額のところの皮を指でつまんで、下へ向けてひっぱった。
 すると、おどろいたことに、皮は大きくむけていった。皮の下に、白い皮下脂肪《ひかしぼう》や赤い筋肉があるかと思いのほか、そこには、ごていねいにも、もう一つの顔面《がんめん》があった――蜂矢探偵の手にぶらりとぶら下がったものは、なんと顔ぜんたいにはめこんであった精巧《せいこう》なるマスクであった。
 そのマスクの肉づきは、うすいところもあり、またあついところもあり、人工樹脂《じんこうじゅし》でこしらえたものにちがいなかった。
 マスクのとれた下から出てきた新しい顔は、どんな顔であったろうか。
 それは針目博士とは似ても似つかない顔であった。頬骨のとび出た、げじげじ眉《まゆ》のぺちゃんこの鼻をもった顔であった。
「あッ」
 蜂矢探偵は、あきれはててその顔を見守った。
 はじめから、高いカラーをつけた針目博士を、怪しい人物とにらんではいたが、まさかこんな巧《たく》みな変装《へんそう》をしているとは思わなかった。
 しかもマスクの下からあらわれたその顔こそ、前に警視庁の死体置場から、国会議事堂の上からころがり落ちた動くマネキン少年人形の肢体《したい》とともに、おなじ夜に紛失《ふんしつ》した猿田の死体の顔とおなじであったから、ますます奇怪《きかい》であった。
 これでみると、蜂矢探偵をこの地下室へ案内した針目博士こそ、金属Qのばけたものであると断定して、まちがいないと思われる。怪魔金属Qは、議事堂の塔の上から落ちて死体置場に収容せられたが、夜更《よふ》けて金属Qはそろそろ動き出し
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