ときのことです」
「それはさっききみが掘りあてたとおり、第二研究室の床《ゆか》の下には、外へのがれる道がこしらえてあったので、いそいでそれへとびこんで、一命《いちめい》をまっとうしたのです」
「ああ、なるほど」
 と蜂矢はうなずき、
「すると第二研究室の床のどこかに、その秘密の地下通路へ通ずる入口があいていたはずですが、それが爆破後、跡をいくら掘ってみても発見できなかったというのは、どういうわけでしょうか」
 この質問は、蜂矢探偵ならずとも、この事件に関係した人々なら、誰でも知りたいことの第一であろう。
「それはかんたんなことです。わたしが先へ、その穴へとびこむ。するとそのあとで大爆発が起こり巨大なる圧力でもって、その穴をふさいでしまったんですな。おわかりでしょう」
「あッ、そうか」
 蜂矢探偵は、思わず感歎《かんたん》の声を発した。そうなんだ。大爆発のときに、それ位の巨大な力が出ることは予想のできることだった。それでそうなることを、どうして気がつかなかったのであろう。

「とにかくこれからきみを、その地下室の中へわたしみずからご案内いたしましょう。さっきのところから入ってみますか。せっかくきみが掘ったものだから」
「じゃあ、そうしていただきましょう。おお、博士は頭に繃帯《ほうたい》をしていらっしゃるが、どうなすったのですか――けがでもなさったのですか」
「ああ、これですか」
 と博士はにやりと笑って、頭へ手をあてた。
「昨夜、じつは某方面にあるわたしのかくれ家を出ようとしたとき、人ちがいをされて、頭をなぐられて、こんなけが[#「けが」に傍点]をしたのです。まだすこし痛みますが、たいしたことはありませんから、心配しないでください」
 蜂矢は、それを聞いて、それはたいへんお気のどくさまとあいさつをした。
 それから彼は、博士とともに穴の中へおりていった。重い鉄蓋《てつぶた》を、蜂矢はうまくつりあげて、横へたてかけた。
「さあ、どうぞ」
 蜂矢は、博士に先頭《せんとう》をゆずった。
「きみから先へはいってください。いいですよ、えんりょしなくても……」
「ぼくには、中の勝手がわかりませんから、博士。どうぞお先に」
「そうですか。では先へはいりましょう」
 博士は、先に穴の中へはいった。そして地下道に立って、上を見あげ、
「蜂矢君。何してますか。大丈夫ですよ。おりてきたまえ」
 そういってから博士は、横を向いて、にたりと気味のわるい笑いを頬のあたりに浮かべた。
「じゃあ、おりますよ」
「さあ、早くおりてきたまえ」
 蜂矢は、穴へおりた。
 だがかれはどうしたわけか、その前に穴の上へ、ぽんと手帳をほうりあげた。なぜ手帳を捨てたのであろうか。
 それと同時に、木かげに少年の二つの目が光った。小杉二郎《こすぎじろう》少年の目だった。


   意外な工場


「早くおりてこないと、きみの相手にはなってやらないぞ。わたしにことわりもなく、こんな穴を掘って、けしからん奴だ」
 異様《いよう》な姿の針目博士は、ごきげんがはなはだよろしくない。
 もうすこし蜂矢探偵が穴の上でぐずぐずしていたら、博士はほんとうに怒って、ずんずん中へはいってしまったかもしれない。
 ちょうどきわどいところで、蜂矢は穴の中へとびこんで、博士のそばに、どすんとしりもち[#「しりもち」に傍点]をついた。
「お待たせして、すみません。なにしろ、こんなところに地下道《ちかどう》があるなんて、きみのわるいことです。つい、尻《しり》ごみしまして、先生に腹を立たせて、あいすみません」
 蜂矢は、そういって、あやまった。
「はははは。きみは、見かけに似合《にあ》わず臆病《おくびょう》だね。そんなことでは、これからきみに見せたいと思っていたものも、見せられはしない。見ている最中《さいちゅう》に気絶《きぜつ》なんかされると、やっかいだからね」
 博士は、意地のわるいうす笑いをうかべで、そういった。
 蜂矢は、博士のことばに、新しい興味をわかした。それは博士が蜂矢に何か見せたがっているということだ。いったいそれは何であろうか。
「さあ、こっちへはいりたまえ。このドアは、しっかりしめておこう」
 博士は、地下道の途中《とちゅう》にあるドアをばたんとしめ、それにかぎをさしこんでまわした。蜂矢は、そのときちょっと不安を感じた。しかしすぐ気をとりなおして、力いっぱい博士とたたかおうと思った。かれは、これから針目博士が彼をどんなにおどろかそうとしているか、それをすでにさとって、覚悟《かくご》していた。
「ほら、こんな広い部屋があるんだ。きみは知らなかったろう」
 とつぜん、すばらしく大きな部屋へはいった。二十坪以上もある広い部屋、天じょうはひじょうに高い。そしてこの部屋の中には、えたいの知れない機械がごたごたとならんでいて、工場のような感じがする。もちろん人は、ひとりもいない。
「ここは、なにをするところだか、きみにわかるかい」
 針目博士は、からかい気味《ぎみ》に蜂矢に話しかける。
「さあ、ぼくにはわかりませんね」
 あの第二研究室の下に、こんなりっぱな部屋があるとは、想像もつかなかった。針目博士という学者は、じつにかわった人だ。
「わからなければ、教えてあげよう。この機械は、金属人間を製作する機械なんだ。つまりここは、金属人間の製作工場なんだ。どうだ、おどろいたか」
「金属人間の製作工場ですって」
 蜂矢は、思わず大きな声を出して、問いかえした。博士がこんなにずばりと、金属人間のことを口にするとは予期《よき》していなかったのだ。
「そのとおりだ。金属人間をこしらえる工場なんだ。きみは知っているかね、金属人間というものはどんなものだか?」
 博士の方から、かねて蜂矢が最大の謎と思っている金属人間のことに、ずばりとふれてきたものだから、蜂矢はおどろきもし、また内心ふかくよろこびもした。
「くわしいことは知りませんが、針目博士が金属Qの製作に成功せられたことは聞いています」
「ははは、金属Qか」
 博士はうそぶいて笑った。
「君は金属Qを見たことがあるかね」
 蜂矢は、すぐには返事ができなかった。見たと答えるのが正しいか、見ないといったほうがよいか。
「はっきり手にとってみたことはありませんねえ」
「手にとってみるなんて、そんなことはできないよ。だが、すこしはなれて見ることはできるのだ。どうだ、見たいかね」
「ぜひ見たいものですね」
「よろしい。見せてやろう。金属Qを、近くによってしみじみ見られるなんて、きみは世界一の幸運者《こううんもの》だ」
 そういうと博士は、いきなり上衣をぬぎすてた。チョッキをぬいだ。高いカラーをかなぐりすてた。
 その下から、おそろしい大きな傷あとがあらわれた。くびからのどへかけて、はすかいに十センチ近い、大傷《おおきず》を、あらっぽく糸でぬいつけてある。そんなひどい傷をおって、死ななかったのが、ふしぎである。
 博士は、ワイシャツもぬぎとばして、上半身はアンダーシャツ一枚になった。
 それでもうおしまいかと思ったが、博士はまたつづけた。手を頭の繃帯《ほうたい》にかけた。それをぐるぐるとほどいた。
「おおッ」
 ようやくにしてとれた長い繃帯《ほうたい》の下からあらわれたものは、頭のまわりをぐるっと一まわりした傷あとであった。
 それを見ると、蜂矢は気絶《きぜつ》しそうになった。
 博士は、蜂矢探偵を前にして、いったい何をする気であろうか。


   奇蹟見物


「さあ、よく見るがいい。今、金属Qを、この頭の中から取りだすからね」
 博士《はくし》は、とくいのようすだ。
 それにひきかえ、蜂矢探偵はまっさおになり、失心《しっしん》の一歩手前でこらえていた。もしもかれが、金属人間事件の責任ある探偵でなかったら、もっと前に目を白くして、ひっくりかえっていただろう。
 それから先、博士がしたことを、ここにくわしく書くのはひかえようと思う。くわしく書けば読者の中に、ひっくりかえる人が出るかもしれないからだ。それだから、かんたんに書く。――博士は、両手をじぶんの頭にかけると、帽子をぬぐような手軽さで、頭蓋骨《ずがいこつ》をひらき、中から透明な針金細工《はりがねざいく》のようなものを取りだし、それを手のひらにのせて、蜂矢探偵の目のまえへさしだした。
「うーむ」
 と、探偵は歯をくいしばって、博士の手のひらにのっている奇妙《きみょう》な幾何模型《きかもけい》みたいなものを見すえた。
 あの爆発のおこる前「骸骨《がいこつ》の四」だけが箱の中になかった。それで博士があわてだした。そのことを、いま蜂矢探偵は思いだした。
 博士はだまっている。気味のわるいほどだまっている。蜂矢は「これは骸骨の四ですか」とたずねようとして博士の顔を見ておどろいた。なぜなら博士の顔色は、人形のように白かった。生きている人の顔色とは思われなかったのである。
「針目博士。どうしました」
 と、蜂矢がさけんだ。
 そのとき博士は、いそいで手をひっこめた。そして手のひらにのせていたものを、すばやくもとのとおり頭蓋骨の中におしこんで、両手で頭の形をなおした。それから深呼吸を三つ四つした。すると博士の顔に、赤い血の色がもどってきた。死人の色は消えた。
 博士は、そのあとも、しばらく苦しそうに肩で息をしていたが、やがて以前のとおりの態度にかえって、蜂矢をからかうような調子で話しかけた。
「どうです。お気にめしましたかね。ところがこっちは、どえらい苦しみさ。ああ、きみをよろこばすことの、なんとむずかしいことよ」
 蜂矢は、このときには、ふだんの落ちつきはらったかれにもどつていた。奇々怪々《ききかいかい》なる博士のふるまいである。いったい、なんでそんなことをするのか、その秘密をここでつきとめてしまいたい。
「いま、見せてくだすったのがれいの行方不明になった『骸骨の四』ですか」
 ずばりと斬《き》りこんだ。
「よく知っているね。そのとおりだ。くわしくいえば、金属Qという名前があたえられた第一号だ。つまり、たくさん作った生きている金属の試作品の中で『骸骨の四』がまっ先に、生きている金属となったのだ、そこでこれを金属Qと名づけた」
「なるほど」
「いま、きみが見たのは、金属Qだけではなくその金属のまわりを、人工細胞十四号が包んでいるものだ。それは金属Qを保護するものなんだ。もっともはじめのころのように、人工細胞十四号は完全に金属Qを包んでいない。欠《か》けている個所《かしょ》があるのだ。そのために、金属Qはいつも不安な状態におかれてある。ああ、人工細胞十四号がほしい。この上の部屋にはあったんだが、この部屋にはないらしい」
 博士は、不用意に歎《なげ》きのことばをもらした。そしてその後で、はっと気がついて、蜂矢をにらみかえした。
「はははは、昼間からねごとをいったようだ。ところで蜂矢君。きみは感心に、気絶もしないでもちこたえているね」
 蜂矢はうすく笑った。
「すばらしいものを見せていただきまして、お礼を申します。すると、あなたは、針目博士ですか。それとも金属Qなんですか」
 金属Qが、人間の形をしたものを動かしている、その人間は、針目博士によく似ていたが、その人間のからだを支配しているのは金属Qである。ちょうど、金属Qが、二十世紀文福茶釜《にじゅっせいきぶんぶくちゃがま》にこもっていたように。――これが蜂矢のつけた推理だった。
「どっちだと思うかね」
「金属Qでしょう」
「ちがう」
「じゃあ、なんですか」
「針目博士と金属Qが合体したものだ。二つがいっしょになったものだ。しかし、もちろん金属Qは、針目博士よりもかしこいのだから、支配をしているのは金属Qだ。おどろいたかね、探偵君」
 博士はそういって、からからと笑うのであった。その笑い声が、蜂矢の耳から脳をつきとおし、かれは脳貧血《のうひんけつ》をおこしそうになった。


   恐怖の計画


「気味のわるい話は、もうよそう。こんどはもっと愉快《ゆかい》な話をしよう」
 博士
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