、身許不明の猿田の死体の中にはいりこみ、そこをどうにか逃げ出したものらしい。そういうことは、金属Qの力と智恵とでできないことではない。その上で、彼はおそらくこの針目博士の地下室へもぐりこみ、そこで針目博士そっくりのマスクを作ったり、健康を早くとりもどすくふうをしたり、博士の古い服を盗み出して着たり、その他いろいろの仕事をやりとげたのであろう。
まことにおどろくべき、そしておそるべき怪魔金属《かいまきんぞく》Qであった。
こうして、始めにあらわれた針目博士の正体が金属Qであるとすれば、あとからあらわれた針目博士こそ、ほんものの針目博士なのである。そう考えて、この際《さい》まちがいないであろう。蜂矢は、その方へふりかえった。
「これでいいですか、針目博士」
すると機銃《きじゅう》みたいなものを、なおもしっかり抱《かか》えている針目博士が、
「それでよろしい。どうです。わかったでしょう。かれこそニセモノであったのです。まったく油断もならぬ奴です。もともとわたしが作った金属Qですが、まったくおそろしい奴です」
といって、博士は顔を青くした。
「どういうわけで、あなたに変装したのでしょうか。何か、はっきりした計画が、金属Qの胸の中にあるんでしょうか」
蜂矢探偵は、そういってたずねた。
あとになって考えると、蜂矢のこの質問は、あんまり感心したものでなかった。そんな質問はあとでゆっくり聞けばよかったのである。それは不幸なできごとの幕あきのベルをならしたようなものだった。
「それはですね。金属Qという奴は――」
と、博士が蜂矢探偵の質問に答えはじめたとき、機銃のような形をした人工細胞破壊銃《じんこうさいぼうはかいじゅう》をかまえた博士に、ちょっと隙《すき》ができた。
この人工細胞破壊銃というのは、その名のとおり、人工細胞にあてると、それをたちまちばらばらに破壊しさる装置で、強力に加速された中性子《ちゅうせいし》の群れを、うちだすものだ。かねて博士は安全のために、こういうものが必要だと思い設計まではしておいたのであるが、「生きている金属」を作る研究の方をいそいだあまり、実物はまだ作っていなかった。その後、金属Qがあばれるようになって、博士はかくれて、この人工細胞破壊銃の製作に一生けんめい努力したのだ。そのけっか、きょうの事件に間にあったのだ。
が、今もいったように、博士の手許にわずかな隙ができたのだ。
「ええいッ」
とつぜん金属Qが身をひるがえして、前へとびだした。そしてかれは、博士の抱えていた破壊銃の銃先《つつさき》を、力いっぱい横にはらった。
「あッ」
と、博士が叫んだときは、もうおそかった。破壊銃は博士の腕をはなれて横にすっ飛び、旋盤《せんばん》の方をとび越して、その向うに立っていた配電盤《はいでんばん》にがちゃんとぶつかった。もちろん破壊銃は壊《こわ》れた。ガラスの部分がこなごなになって、あたりにとび散った。
金属Qの始末
「なにをするッ」
と、針目博士が、どなる。
「銃はこわれた。こうなりゃ、こっちのものだぞ」
金属Qは、はんにゃ[#「はんにゃ」に傍点]のような形相になって、博士にとびついていった。
大乱闘《だいらんとう》になった。ものすごい死闘《しとう》であった。金属Qの方が優勢《ゆうせい》になった。かれは、どこから出るのか、くそ力を出して、手あたりしだい、工具であろうと、器具であろうと、何であろうと取って投げつける。
蜂矢探偵は、このすごい闘いの外にあった。かれはしばし迷った。仲裁《ちゅうさい》すべきであろうか、それとも針目博士に味方すべきであろうかと。
針目博士は、はじめのうちは、器物《きぶつ》を投げることを控《ひか》えていた。しかし相手がむちゃくちゃにそれを始め、わが身が大危険となったので、博士はついに決心して、手にふれたものを相手めがけて投げつけた。もう一物のよゆうもないのだ。死ぬか、相手を倒すかどっちかだ。声をあげて蜂矢探偵に協力を頼むひまもない。
ここに至って蜂矢探偵も心がきまった。
(ここはいちおう、正しい博士に味方して、仮面をはがれた相手を倒さなくてはならない)
蜂矢探偵は、すぐ目の前の台の上においてある大きなスパナをつかんだ。それをふりあげて、金属Qになげつけようとした。そのとき遅く、かのとき早く、どしんと正面から腰掛《こしかけ》がとんできて、
「あッ」
と蜂矢が体《たい》をかわすひまもなく、ガーンと彼の頭にぶつかった。かれは、一声うなり声をあげるとうしろへひっくりかえり、そのまま動かなくなった。
それから、どのくらいの時間が流れたかわからないが、蜂矢はようやく息をふきかえした。ずきずき頭が痛む。それへ手をやってみると大きなこぶができていた。血もすこし出ていた。しかしたいしたことではないようだ。
蜂矢はふらふらと起きあがった。
その気配《けはい》を聞きつけたか、部屋の一隅《いちぐう》から声があった。
「ああ、気がついたかね、蜂矢君」
「やッ」
蜂矢は、どきんとしてその声の方を見た、そこには針目博士がいた。博士は頭部にぐるぐると繃帯を巻いていた。その正面のところは赤く血がにじんでいた。
「安心したまえ、怪物は、とうとうくたばったからね」
そういって博士は、自分の前を指さした。そこには、れいの金属Qが倒れていた。
「死んだんですか」
「いや、まだ油断がならない。金属の本体を取り出して、始末しないうちは、ほんとうの意味で金属Qは死んだとはいえないのだ、今それを始末するところだ。きみは見物していたまえ」
そういって博士は前かがみになって、たおれた人の頭のところでごそごそやっていたが、やがてうす桃色をしたぐにゃりとしたものを両の手のひらにのせて、部屋のまん中へ出てきた。それは脳みたいなものであった。
「それは何ですか」
と、蜂矢はたずねた。
「この中に、金属Qの本体がはいっているんだ。はやいとこ、これを焼き捨てる必要がある。そうでないと、金属Qはまた生きかえってくる。生きかえられたんでは、また大さわぎになる」
博士は、大きな硬質ガラス製のビーカーの中に、そのぐにゃりとしたうす桃色のものを入れた。それからガスのバーナーに火をつけ、その上に架台《かだい》をおき、架台の上に今のビーカーを置いた。
それから博士は、薬品戸棚のところへ行った。
博士が、棚から薬品のはいった瓶を三つも抱えてもどってくるまでの少しの時間に、蜂矢は部屋の隅にたおれている人のようすを知るために、その方へ目を走らせた。その人は、もちろんしずかに伸びていた。そしてその頭部が開かれ、頭骸骨がお碗《わん》のようになって、中身が空虚《くうきょ》なことをしめしていた。
怪金属Qがやどっていた肉体は、ふたたびもとの死体に帰ったのである。
ぱっと茶褐色《ちゃかっしょく》の煙があがった。れいのビーカーの中である。博士が、液体薬品のはいった瓶の口をひらいて、ビーカーの中へそそぎこむたびに、茶褐色の煙が大げさにたちのぼるのだった。金属Qがはいっているという脳髄は、ビーカーの中で、沸々《ふつふつ》と沸騰《ふっとう》する茶褐色の薬液《やくえき》の中で煮られてまっくろに化《か》していく。
「これでいい、もうこれで、金属Qは生存力を完全にうしなった。やあやあ、骨を折らせやがった。おお、蜂矢君。もう安心していいですぞ」
博士は、そういって、蜂矢の方へにやりと笑ってみせた。
そのときであった。この部屋の戸が外からどんどんと、われんばかりにたたかれた。
「あけろ、あけろ、検察庁の者だ」
長戸検事の声らしいものもまじっている。
大会見
「おおッ……」
博士は、その場にとびあがり、おどろきの色をしめした。そしてさッとからだを壁ぎわにひいて、乱打《らんだ》されている戸をにらみつけた。
蜂矢は、博士がいやにおどおどしているのを見て、気のどくになった。
「針目さん。心配しなくてもいいですよ。長戸検事たちがきてくれたのでしょう」
「わたしは、なにも心配なんかしていない。しかしなぜ今ごろ、長戸検事がこんなところへ来たのか、わけがわからない」
博士は口ではそういったが、蜂矢の目には、博士がやっぱり胸をどきどきさせているように思われた。
「わけはわかっているのです。さっきぼくが、ニセの針目博士にここへつれこまれるのを小杉少年が見ていて、いそいで検事に知らせたのでしょう。それで検事がぼくを助けにきてくれたのですよ。戸をあけてもいいですか」
「ふーん」
針目博士は、しばらくうなっていたが、
「それなら、戸をあけてよろしい。しかしこの部屋の中で、わたしにことわりなしに、勝手なことをしないように誓わせておくんだな。でなければ、わたしはすぐさま検事たちを追いだすから、そのつもりで」
と、きびしく申しわたした。
蜂矢は、うなずいて、戸のところへ行って向う側へ声をかけ、やはり長戸検事たちであることをたしかめたうえで、かけ金《がね》をはずして戸を開いた。
「やあ、先生。よく生きていてくれましたね」
まっ先にとびこんできたのは小杉少年であった。少年は蜂矢の胸にとびついて、喜びに目をかがやかした。
「よう、蜂矢君。どうしたんだ」
そのうしろに長戸検事の緊張した顔があった。ことばつきはやさしいが、蜂矢と室内をかわるがわるにながめて、一分のすきもなかった。
そこで蜂矢は、かいつまんで、この部屋へはいってからの、いきさつを説明した。そして、
「……そういうわけで、怪人Qは、それの製作者であるところの針目博士の手で、あのとおり焼きすてられたのです。どうか、くわしいことは博士にたずねてください。しかしですね、博士はいま、かなり興奮しているようですから、腹をたてさせないように気をつけたがいいですよ」
と、かれとしての説明を終った。
そこで針目博士と長戸検事の会見となったわけであるが、検事はよく蜂矢の忠告を守って、ひきつれてきた部下たちをしずかに入口にならばせておくだけで、捜査活動は自分ひとりでやることにした。
「ずいぶん、しばらくお目にかかりませんでしたなあ、針目博士」
「そうでした、そうでした。で、きょうは何用あって、ここへきたのですか」
博士はすぐ質問の矢をはなった。
「それは、あなたにお目にかかって、怪人Q事件について、最初からもう一度、説明をしていただくためです。われわれは正直に告白しますが、これまでの捜査はみんな失敗でありました。それに気がついたので、いままでの努力を惜しいが捨てまして、はじめから出直すことにきめたのです。おいそがしいでしょうが、もう一度われわれの相手になっていただきたい」
と、長戸検事は、むきだしにのべて、博士にたのみこんだ。
「わたしはいそがしいんで、頭のわるい検察当局の尻《しり》ぬぐいなんかしていられないのです。わたしを待っている重大な問題がたくさんある――いや、これはすべてわたしの研究に関する問題のことであって、しゃば[#「しゃば」に傍点]くさい刑事のことじゃありませんよ。だから、わたしとしては、きみの申し入れをおことわりするのが、あたりまえだ。だが、せっかく来たことでもあるし、わたしもたいへんやっかい[#「やっかい」に傍点]にしていた金属Qが、あのとおり完全に分解して、生命を失ったことゆえ、みじかい時間ならばきみの申し入れをきいてあげてもよい。できるだけかんたんに、ききたいことをのべたまえ。われわれの会話は、十五分間をこえないのを条件とする」
博士は、いやに恩にきせて、長戸検事の申し入れをきいてやるといった。
「では、さっそくお願いしましょう。議事堂の塔の上から落ちて、からだがバラバラになったマネキン人形がありましたが、あれにも怪金属Qがついていたのでしょうか」
「わかりきった話です。Qがあのマネキン人形を動かしたんでなければ、マネキン人形があんなにたくみに動くことはない」
「すると、文福茶釜《ぶんぶくちゃがま》となって踊ってみせたのも、やっぱりQのなせるわざですか」
前へ
次へ
全18ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング