の、マンホールのふたのようなものが掘りあてられたのだ。
 かれは、この重い鉄ぶた[#「ぶた」に傍点]をあけるために、地上においてきた道具をとるために、穴からはいあがった。ついでに汗をふいて、大きく深呼吸をし、それからポケットから紙巻《かみまき》タバコを出して火をつけた。
 かれは、生まれてはじめて、すばらしい味のタバコを吸ったと思った。かれはしばらくすべてをわすれて、タバコの味に気をとられていた。
「ああ、もしもし。きみは蜂矢君でしたね」
 とつぜん、蜂矢のうしろから声をかけた者があった。それは蜂矢が油断《ゆだん》をしていたときのことだったので、かれはぎくりとして、手にしていた短かいタバコをその場へとり落とし、うしろへふりかえった。
 そこに立っていた人物がある。誰だったであろうか。


   意外な一人物


 蜂矢がふりかえって顔を見あわしたその人物は、黒い服を着、白いカラーの、しかも昔流行したことのある高いカラーで、きゅうくつそうにくび[#「くび」に傍点]をしめ、頭部には鉢巻《はちまき》のようにぐるぐる繃帯《ほうたい》を巻きつけ、その上にのせていた黒い中折帽子《なかおれぼうし》をとって、蜂矢にあいさつした。
「ほう。やっぱり蜂矢探偵でしたね。わたしをごぞんじありませんか、針目《はりめ》です」
「ああ、やっぱりそうでしたか」
 蜂矢は、うれしそうに目をかがやかして、針目博士にあいさつをかえした。
「なかなかご活躍のようですね。とうとう地下室へはいる口を掘りだされたんですね。感心いたしました」
「これは、ごあいさつです」
 と蜂矢はあたまをかいて、
「ご主人がいらっしゃるのを知らないままに、わたしが勝手《かって》なことをしてしまいまして申しわけありません。しかし、じつは針目博士は、あの爆破事件のとき、粉砕《ふんさい》したこの研究室と運命をともになすったように聞いていたのですから、もう博士はこの世に生きていらっしゃらないと思っていました。いや、これはとんだ失礼を申しまして、あいすみません」
「やあ、さあそれもしかたがありません。わたしはあの事件いらいきょうまで、姿をみなさんの前に見せなかったのですから、そういううわさ[#「うわさ」に傍点]の出たことはしぜんです。悪くはとりません」
 博士は、冷静な顔つきで、そういった。
「どうされたんですか、博士は、つまりあの爆発のときのことです」
「それはさっききみが掘りあてたとおり、第二研究室の床《ゆか》の下には、外へのがれる道がこしらえてあったので、いそいでそれへとびこんで、一命《いちめい》をまっとうしたのです」
「ああ、なるほど」
 と蜂矢はうなずき、
「すると第二研究室の床のどこかに、その秘密の地下通路へ通ずる入口があいていたはずですが、それが爆破後、跡をいくら掘ってみても発見できなかったというのは、どういうわけでしょうか」
 この質問は、蜂矢探偵ならずとも、この事件に関係した人々なら、誰でも知りたいことの第一であろう。
「それはかんたんなことです。わたしが先へ、その穴へとびこむ。するとそのあとで大爆発が起こり巨大なる圧力でもって、その穴をふさいでしまったんですな。おわかりでしょう」
「あッ、そうか」
 蜂矢探偵は、思わず感歎《かんたん》の声を発した。そうなんだ。大爆発のときに、それ位の巨大な力が出ることは予想のできることだった。それでそうなることを、どうして気がつかなかったのであろう。

「とにかくこれからきみを、その地下室の中へわたしみずからご案内いたしましょう。さっきのところから入ってみますか。せっかくきみが掘ったものだから」
「じゃあ、そうしていただきましょう。おお、博士は頭に繃帯《ほうたい》をしていらっしゃるが、どうなすったのですか――けがでもなさったのですか」
「ああ、これですか」
 と博士はにやりと笑って、頭へ手をあてた。
「昨夜、じつは某方面にあるわたしのかくれ家を出ようとしたとき、人ちがいをされて、頭をなぐられて、こんなけが[#「けが」に傍点]をしたのです。まだすこし痛みますが、たいしたことはありませんから、心配しないでください」
 蜂矢は、それを聞いて、それはたいへんお気のどくさまとあいさつをした。
 それから彼は、博士とともに穴の中へおりていった。重い鉄蓋《てつぶた》を、蜂矢はうまくつりあげて、横へたてかけた。
「さあ、どうぞ」
 蜂矢は、博士に先頭《せんとう》をゆずった。
「きみから先へはいってください。いいですよ、えんりょしなくても……」
「ぼくには、中の勝手がわかりませんから、博士。どうぞお先に」
「そうですか。では先へはいりましょう」
 博士は、先に穴の中へはいった。そして地下道に立って、上を見あげ、
「蜂矢君。何してますか。大丈夫ですよ。おりてきたまえ
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