うべきものは、マネキン人形の頭部のてっぺんに乗っている。それを捕《とら》えるんだ!
 このような知らせが、長戸検事のところへ蜂矢からとどいたので、検事はびっくりしたが、かねて待っていたことだから、すぐ手続きをとって、警察力のすべてをあげて怪魔《かいま》の追跡《ついせき》と逮捕《たいほ》にとりかかった。
 連絡の電波は、四方八方《しほうはっぽう》にみだれとんで、金属Qの行方をたずねまわる。
「いました。金属Qらしい長マントの怪人が議事堂の塔の上にいます」
「なに。議事堂の塔の上に怪魔がいるというのか」
 長戸検事は今は金属Q捜査隊長《そうさたいちょう》に任命せられていたので、これを聞くとただちにぜんぶの隊員へ放送した。
「手配中の犯人は議事堂の塔上《とうじょう》にのぼっている。包囲《ほうい》して、取りおさえよ」
 命令一下、警官隊は議事堂へむけて突進した。自動車とオートバイとの洪水《こうずい》だ。それに消防隊が応援にかけつける。
 選抜隊が百名、いよいよ屋上へ通じている階段をのぼって、塔のもっとも下の遊歩場《ゆうほじょう》へ姿をあらわした。
 怪魔は、塔の上で、ぐったりとなっている。やっぱり疲れはてたものと見える。風に、長マントがまくれる。黒頭巾《くろずきん》が、ひとりでこっくりこっくりとおじぎをしているが、これも風のいたずららしい。
 附近の建築物の屋上にも、警官隊がぎっしりとのぼって、もし怪魔がこっちへ逃げてきたときは取りおさえようと、手ぐすねひいている。
 そのうちに怪魔は気がついたらしく、塔《とう》の尖端《せんたん》に立ちあがって、きょろきょろと下をながめまわした。と、思ったら、怪魔はマントの下から、石のようなものを下へばらばらとまいた。それは下にせまっている警官隊のまん中で大きな音をあげて破裂《はれつ》した。警官たちは将棋《しょうぎ》だおしになった。
「うてッ」
 警官たちも今はこれまでと、下から銃器《じゅうき》でもって応じた。上と下とのはげしいうちあいはしばらくつづいた。警官たちは、どんどん新手《あらて》をくりだして、怪魔を攻《せ》めたてた。
 怪魔はついにふらふらしだした。
「あ、あぶない」
 怪魔のからだが塔の上からすっとはなれた。
「下へ飛ぶぞ。逃がすな」
 大きく弧《こ》をえがいて、長い黒マントの怪魔は議事堂の庭の上に落ちた。そして動かなくなった。
「とうとう自分でお陀仏《だぶつ》になったか」
「あんがい、かんたんな最期《さいご》をとげたじゃないか」
「大事なところを弾丸《たま》にうちぬかれたのだろう」
 怪魔のからだは、ばらばらになっていた。もちろんこれはマネキン人形の手足や胴中《どうなか》や首であるから、そのはずである。
 長戸検事がかけつけ、怪魔のばらばらになったからだを念入《ねんい》りにしらべた。
「はてな。なんにもない」
「検事さん、あれがありませんか」
「おお、蜂矢君」
 と検事はすこしおくれてかけつけた蜂矢をふりかえって、
「あれが見えないよ。人形の首はこのとおりあるが、きみがいったようなやかん[#「やかん」に傍点]のふたみたいなものは見えない」
「もっと徹底的《てっていてき》にしらべましょう。しかしあれは怪力《かいりき》を持っていて、危険きわまりないものですから、ぴかりと光ってあらわれたら、すぐ警官隊はそれをたたき伏せなければ、あぶないですよ」
「よろしい」
 蜂矢探偵は念入りにしらべた。
 だが、やっぱりこわれたマネキン人形のばらばらになった部分のほかに何もなかった。
「あるはずなんだがなあ」
 蜂矢は、首をかしげる。
「あれだけが逃げたんじゃないかなあ」
「そういう場合もあるでしょう。あなたの部下の誰かが、これを見かけたでしょうか」
「いや、そういう報告はない」
「ふしぎですね」
 この謎はとけないままに、その日は暮れた。怪魔《かいま》はどこへ行ったのであろうか。どこにかくれているのであろうか。
 怪魔のばらばらになった遺骸《いがい》は、どこにどう始末をするか、ちょっと問題になった。けっきょく、やっぱり大事をとって、これを怪魔の死体としてあつかうこととなり、たる[#「たる」に傍点]に入れ、死体置場《したいおきば》の中へはこびこまれ、その夜は警官隊をつけて厳重《げんじゅう》な警戒をすることになった。なんだかあまりにものものしいようであるが、なにしろ相手がえたいの知れない怪物であるだけに、ゆだんはすこしもできなかった。
 はたしてその夜ふけて、怪魔の遺骸《いがい》をおいてある死体置場に、世にもあやしいことが起こった。


   死体置場《したいおきば》の怪《かい》


 死体置場の警戒のために、その部屋に詰めていた警官は、長夜《ちょうや》にわたって、べつに異常もないものだから、いすに腰をおろし
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