に逃げられてしまったという顔で、こういった。
 長戸検事はしょんぼりと立ちあがった。
「みんな引揚《ひきあ》げることにしよう。もうわれわれの力にはおよばない」
 これをもって、お三根殺害事件《みねさつがいじけん》をはじめ二つの怪傷害事件《かいしょうがいじけん》も、いまはまったく迷宮入《めいきゅうい》りとなってしまった。
 だが、事件捜査は、ほんとに終ってしまったわけではなかった。
 その筋では、どういう考えがあったものか、この事件の捜査をこれまでどおり検察当局の手でつづけるとともに、それと平行して、私立探偵の蜂矢十六《はちやじゅうろく》に捜査を依頼したのであった。
 私立探偵蜂矢十六!
 この若い探偵について、一般に知る人はすくない。しかし検察係官の中には、蜂矢十六を認めている人が、かなりある。かれの特長は、科学技術と取り組んでおそれないこと、かんがするどいこと、推理力にすぐれていること、それから、ひとたび獲物《えもの》の匂《にお》いをかいだら、猟犬《りょうけん》のように、どこまでも追いかけ、追いつめることなどであった。
 だがかれにも欠点はあった。それはまず第一に年が若いために、古いものにあうとごまか[#「ごまか」に傍点]されやすいこと、どんどん走りすぎて足もとに注意しないために、溝《みぞ》へおっこちるようなことがあること、すこしあわてん坊であること、それからタバコをすいすぎることなどであった。かれはひとりの少年を助手にもっていた。それは小杉二郎《こすぎじろう》という、ことし十四歳になる天才探偵児《てんさいたんていじ》であって、この少年がいるために、蜂矢はずいぶんあぶない羽目から助かったり、難事件をとくカギをひろってもらったりしている。
 しかし蜂矢探偵は、めったにこの少年とともに外をあるかない。ふたりはたいていべつべつにわかれて仕事をする。これは蜂矢探偵の考えによるもので、べつべつにはなれていたほうが、おたがいの危険のときに助けあうこともできるし、また事件の対象を両方からながめるから、ひとりで見たときよりも、正しく観察することができるというのであった。
 これはなかなかいい考えであった。
 さて蜂矢十六は、この事件のこれまでのあらましを、長戸検事の部屋で、検事からひと通り聞いた。検事は人格の高い人であったから、自分たちの失敗やら、とくことのできなかったことを、つ
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