したが、この家のお松とおしげが持ってきたブドー酒をのんだあと、すっかり元気をとりもどした。
「ああ、検事さん。かんじんの用むきを忘れていましたが、さっき針目の室まで行って博士に会い、あなたが会いたいといっていられることをつたえようとしたんですが、博士は入口のドアをあけもせず、“会ってもいいが、いま仕事で手がはなせないから、あとにしてくれ。あとからわたしの方で行くから”といって、さっぱりこっちの申し入れを聞き入れないんです」
「なるほど」
「わたしはいろいろ、ドアをへだててくりかえしいってみたんですが、博士はがんとして応じません。ろくに返事もしないのですからねえ、係官を侮辱《ぶじょく》していますよ」
田口警官は、ふんがいのようすであった。
「向うでいま会いたがらないのなら、会わないでもいいさ」
と検事はさすがにおちついていた。
「しかしこの怪事件について、博士はじぶんの上に疑惑《ぎわく》の黒雲《こくうん》を、呼びよせるようなことをしている」
「ねえ、長戸《ながと》さん」
と川内警部《かわうちけいぶ》がいった。
「わしはこの邸《やしき》にはふつうでない空気がただよっているし、そしてふつうでないからくり[#「からくり」に傍点]があるように思うんですがな……。で、例のするどい刃物を、何か音のしない弓かなんかで飛ばすような仕掛けがあるのではないでしょうか。博士というやつは、いろいろなからくり[#「からくり」に傍点]を作るのがじょうずですからね」
「きみの足首を斬った犯人が姿を見せないので、きみはからくり説へ転向したというわけか」
検事はやや苦笑した。
「どこか天じょう穴があるとか、壁の下の方に穴があるとかして、そこからぴゅーッと刃物のついた矢をうちだすのじゃないですかな。この家の博士なら、それくらいの仕掛けはできないこともありますまい」
「刃物を矢につけて飛ばすとは、きみも考えたものだ。しかしその刃物も、見あたらないじゃないか」
「いや、まだわれわれの探しかたがたりないのですよ。兇器がなくて、ぼくや田口がこんな傷をおうわけはないですからね」
そういっているところへ、戸口からのっそりとこの室内へはいってきた者があった。
近眼鏡《きんがんきょう》をかけた三十あまりの人物だった。あおい顔、ヨモギのような長髪《ちょうはつ》がばさばさとゆれている。下にはグリーンの背広服を着
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