とである。
そのとき田口巡査が入ってきて、このありさまを見るとびっくりして、警部のそばへよってきた。
「どうなすったんですか」
「足を斬られたらしいんだが、その斬った兇器《きょうき》が見あたらないんだ」
「おお、田口君。きみはいったいどうしたんだ」
検事が、とんきょうな声を出した。
「どうしたとは、何が……」
田口はけげんな面持《おもも》ちである。
「きみの顔から血が垂《た》れている。痛くないのか。ほら、右のほおだ」
「えっ」
田口はおどろいて、手をほおにあてた。その手にはべっとり血がついていた。同僚《どうりょう》たちは、みんな見た。田口の顔の半分がまっ赤にそまったのを。
川内警部の負傷といい、今また田口の負傷といい、まるでいいあわせたように、同じ時に同じような傷ができるとは、どうしたわけであろうか。
「やっぱり、そうだ。するどい刃物でやられている。きみは、自分のほおを斬られたのに、そのとき気がつかなかったのかい」
「さっぱり気がつきませんでした」
「のんきだねえ、きみは……」
検事があきれ顔でそういったので、同僚たちも思わず笑った。
「今になって、ぴりぴりしますがねえ」
「いったい、どこで斬られたのかね」
「さあ、それが気がつきませんで……いやそうそう、思いだしました。さっき針目博士の室の戸口をはなれて廊下をこっちへ歩いてくるとちゅう、なんだか向うから飛んできたものがあるように思って、わたしはひょいと首を動かしてそれをよけたんですがね。しかし、なにも飛んでくる物を見なかったんです。ぱっと光ったような気がしたんですが、それだけのことです」
「きみは、どっちへ首をまげたのかい」
「左へ首をまげました」
「なるほど。首をまげなかったら、きみももっと深く顔に傷をこしらえていたかも知れないね。生命《いのち》びろいをしたのかもしれないぞ」
検事にそういわれて、田口巡査は首をちぢめた。
「しかしわたしは何者によって、こんなに斬られたんでしょうか」
「田口君。それは今一足おさきに斬られた川内警部も、おなじように首をひねっているんだ。これは大きな謎だ。だが、その謎は、この邸内《ていない》にあることだけはたしかだ」
と、長戸検事は重大なる決意を見せて、あたりを見まわした。
飛ぶ兇器《きょうき》か
ふたりの係官の負傷の手当はすんだ
川内警部はかなり出血
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