んめいにさがしてあるいた形跡がある。そこにいる蜂矢君のところへも、Qはおしかけたようだ。そうではなかったかね、蜂矢十六先生」
 さっきから蜂矢十六は、検事と博士を底辺《ていへん》の二頂点《にちょうてん》とする等辺三角形の頂点の位置に腰をかけて、からだをかたくして聞いていたが、とつぜん博士に呼びかけられて、はっとわれにかえった。
「ああ、そんなこともありました。博士のおっしゃるとおりです」
 博士はまんぞくそうにうなずいた。
「なぜ、Qはここから逃げ出したのでしょうか、ここにいれば一等安全でもあり、おもしろい目にもあえるし、博士からもかわいがられたでしょうに。どうしてでしょうか」
 と、長戸検事は、博士が息つくひまもないほど、すぐさま質問の矢をはなった。もうあと一分間ばかりで、約束の時間がきれる。
「それはきみ、すこしちがっているよ。Qはここにおられなくなったんだ。かれは殺人をやって、ひどく興奮したんだ。その殺人は、かれが計画したものではなく、ぐうぜん、若い女を殺してしまったので、かれの興奮は二重になった。そこへ警官がのりこんでくるし、かれはいよいよあわてた、かれは生きものなんだから、そのように興奮したり、あわてたりするのは、あたりまえだ。そうだろう」
「ごもっともなご意見です」
「かれはね、Qとして生命をえて、うれしくてならない。第二研究室の中で、ひとりぴんぴんとびまわっていたのだ。このときわしは二つの失策をしている。一つは、Qがそんなに活動的になっていることを知らなかったんだ。まだまだ、クモがはうぐらいのものだと思っていた。ところが実際は、Qは三次元空間《さんじげんくうかん》を音よりも早くとびまわることができたんだ」
「なるほどなあ」
「よろしいか。それから二つには、わしはうっかりしていて、かれQがかぎ[#「かぎ」に傍点]穴から抜け出せるほど小さくて細長いからだを持っていることを考えずにいたんだ。だから、ある夜、Qはかぎ穴から外に広い空間があることに気がつき、かぎ穴から抜け出したのだ。つぎの室にはわしがいたが、ちょうど文献《ぶんけん》を読むことに夢中になっていたので、Qはそのうしろを抜けて、戸のすき間から廊下へ抜け出した。わかるだろう」
「ええ、よくわかりますとも」
「それからお三根《みね》さんの部屋へはいりこんだ。めずらしい部屋なので、Qはよろこんで踊りまわって
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