したんです。それから踊るようなかっこうをしながら、綱わたりをはじめたんです。文福茶釜にかわって、じぶんが綱わたりを見せようというのです。見物人は、わっとかっさいしました」
「ふーん。それはかわっているね」
「ところが、とつぜん雨谷はおこりだしましてね、見物人をにらみつけて、さかんに悪口をとばすのです。見物人たちの方では、これをおもしろがって、わあわあとさわぎたてる。すると雨谷はますます怒って、ゴリラのように歯をむきだし、どんどんと舞台をふみならし、たいへんな興奮です。あげくのはてに、足もとに落ちていた文福茶釜の破片を拾いあげて、これを見物人席へ投げはじめたからたいへんです」
「ほうほう。それはたいへんだ。見物人はけが[#「けが」に傍点]をしやしなかったかい」
「けがをしました。だから見物人の方が、こんどはほんとうに怒ってしまいましてね、こんどあべこべに見物人の席から、茶釜の破片《はへん》を舞台へ向かって投げかえす。すると雨谷の方でも、それに負けていずに投げかえす。しまいには、茶釜の破片だけでなくて、棒ぎれや電球や本や弁当箱までが、見物人席と舞台の間にとびかうさわぎです」
「えらいことになったもんだね」
「小屋の方の人も、ものかげから声をからして、見物人の方へしずまってくださいとたのむのですが、さっぱりききめなしです。そうかといって、そういう人たちは舞台の前へでるわけにもいかないのです。見物人の見えるところへでると、たちまち見物人から何かを投げつけられて、けがをしなければなりませんからね」
「雨谷君は、まだけが[#「けが」に傍点]をしていなかったのかい」
「けがをしていたらしいが、当人は気が変になっているらしく、けがをしていることに気がつかないで、なおも舞台の上であばれていたんです。ところが、見物人の席から板ぎれがとんできましてね、これが雨谷の頭にごつんとあたったんです。そこで雨谷はばったり倒れてしまいました。そしたら、さわぎはきゅうにしずまってしまったんです。そして見物人たちはどんどん小屋から出ていってしまいました」
「ははあ、なるほど。雨谷君が死んだと思ったんだな。それで人殺しのかかりあいになるのをおそれて、みんな小屋から逃げだしたんだな」
「そうなんでしょう。とにかくこれで、さわぎはしずまりました。雨谷は、外へかつぎ出され、寝台自動車《しんだいじどうしゃ》に乗せ
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