とつじょ》として大爆発を起し、船体は粉砕し、一団の火光になって四方へとびちったのであった。わずか数秒間のすこぶる豪勢《ごうせい》な火の見世物として、附近の魚類をおどろかしたのを最後に、貨物船モンパパ号の形はうせ、空中から落ちくる船体の破片も、漂流《ひょうりゅう》する屍体《したい》も、みんなまっくろな夜空と海にのまれてしまったのである。
SOSの無電符号《むでんふごう》一つ、うつひまがなかった。だからモンパパ号の遭難《そうなん》に気がついた第三者はいなかった。
漂流《ひょうりゅう》
玉太郎は、ふと気がついた。
ポチの声が聞えるのだ。
「ポチ」と、犬の名をよんだときに、玉太郎はがぶりと潮《しお》をのんだ。息が出来なくなった。夢中で水をかいた。
海の中にいることがわかった。体がふわりと浮きあがる。
「あ、痛《いた》……」
頭をごつんとぶっつけた。木片《もくへん》であった。犬がすぐそばで吠《ほ》えつづけた。玉太郎は完全に正気にかえった。
海の上に漂《ただよ》っていることに気がついた。しかしどうして自分が海中へとびこんだのか、そのわけをさとるまでにはしばらく時間がかかった。
犬は、たしかにポチだった。まっくらな海のこととてポチの顔は見えなかったが、こっちへ泳ぎよってきて、木片のうえへはいあがると、またわんわんと吠えた。
玉太郎もその木片に両手ですがりついたが、それはどうやら扉らしかった。
玉太郎は、ポチにならってその上へはいあがろうとしたが、扉は一方へぐっとかたむき、そしてやがて水の中へ扉はしずんだ。ポチは、ふたたび海の中におちて泳がねばならなかった。玉太郎は、その扉の上にはいあがることをあきらめた。
扉は、間もなく元のように浮きあがった。ポチも心得てそのうえにはいあがった。玉太郎は扉につかまったまま、流れていく覚悟《かくご》をした。
ようやくすこし、心によゆうができた。
「いったい、どうしたのかしらん」
玉太郎は、しいて記憶をよびおこそうと努力した。
「そうそう、舳《へさき》のところにいたまでは覚《おぼ》えている。と、とつぜんあたりが火になって……その前に甲板がぐらぐらとゆれ……大音響がして、そのあと……そのあとは覚えていない。その次は……こうして海の中にいた。そうか。船から放りだされたんだ。船はどこへいったろう」
玉太郎はあたりを一生けんめい見まわした。しかし汽船の灯火は一つも見えなかった。
「僕とポチを海の中へつきおとしたまま、モンパパ号は、どんどん先へ行ってしまったんだな」
玉太郎は、そう考えた。
そう考えるのもむりではなかった。モンパパ号はあまりにも完ぜんに爆破粉砕《ばくはふんさい》したので、そのころ海上には破片一つも見えてはいず、海上はまっくらで、墓場《はかば》のように静かであった。ただ、ときどき波が浮かぶ扉にあたってばさりと音をたてることと、頭上には美しく無数の星がきらめいていて、玉太郎とポチをながめているように見えるだけであった。
「そうだ。ラツールさんも、あのときいっしょに居たっけ、ラツールさんはどうしたかしらん。まさかあの人が僕たちを海へつきおとしたんじゃないだろうに……」
分らない。見当《けんとう》がつかない。モンパパ号がとつぜん大砲をうったため、自分たちはそれがためにはねとばされたのかな……とも考えたが、しかしモンパパ号は大砲をすえていなかったことは明らかだったから、これは考えちがいだ。やっぱり分らない。わけが分らない。
玉太郎の両手がだんだん疲れてきた。また始めはなんともなかった海水が、いやに冷いものに感じられるようになった。熱帯の海だというのに、ふしぎなことだった。
もうどうにも両手が痛くなって、扉にすがっていられなくなった。片手ずつにしてみた。しかしかえって疲れていけなかった。潮をがぶりがぶりとのんだ。つい、ずぶずぶと沈んでしまって、あわてるからだ。そのたびにポチがさわいだ。
「これはいけない。海に負けてはいけない。夜が明けるまでは、この扉をはなしてはだめだ」
工夫はないかと考えた。
やっと思いついたことがある。首にかけていたナイフの紐《ひも》を利用することだった。首から紐をはずして、扉のふちに割れているところがあるので、そこへ紐を通してくくりつけた。それから紐のあまりを、一方の手首にまきつけて端《はじ》をむすんだ。
これはいいことだった。紐の力で、浮かぶ扉にぶらさがっているわけであった。手の筋肉は疲れないですんだ。そのかわり紐が手首をしめすぎて、少し痛くなった。玉太郎は考えて、紐と手首の間に、シャツの端をおしこんで、痛みをとめた。
睡《ねむ》くなった。睡くてどうにもやり切れなくなった。ポチがしずかなのも、ポチも睡くなって睡っているのかもしれない。
ずぶりと水の中に頭をつっこんで、はっと、睡りからさめることもあった。
“睡っちゃいけない。睡ると死ぬぞ”
そんな声が聞えたような気がした。玉太郎は自分の頭を扉にぶっつけた。睡りをさますためであった。玉太郎の額からは、血がたらたらと流れだした。しかし彼はいつともしらず睡りこけていた。
何十回目かは知らないけれど、あるとき玉太郎がはっと睡りからさめてみると、あたりは明るくなっていた。
朝日が東の海の上からだんだん昇って来たらしい。夜明けだ。ついに夜明けだ。玉太郎は元気をとりもどした。
ポチも目がさめたと見え、くんくん鼻をならしながら、玉太郎の方へよって来て、手をなめた。
力とすがる扉は、思いの外、大きかった。これなら、うまくはいのぼると、その上に体をやすめることができないわけはないと気がついた。玉太郎は手首から紐をといて、一たん体を自由にした上で、用心ぶかく扉の上にはいあがった。浮かぶ扉は、昨夜のように深くは沈まず、玉太郎の体を上にのせた。ポチは大喜びで、玉太郎の顔をぺろぺろなめまわした。
体がらくになったために、玉太郎は又しばらく睡った。
どこかで、人の声がする。遠くから、人をよんでいる声だ。ポチがわんわんほえたてる。玉太郎はおどろいて目をさまし、むっくりと扉筏《とびらいかだ》の上におきあがったが、とたんに体がぐらりとかたむき、もうすこしで彼もポチも海の中に落ちるところだった。
ポチが吠えたてる方角を見ると、玉太郎の扉筏よりもやや南よりに、やはり筏の上に一人の人間が立って、こっちへむかってしきりに白い布片《ぬのきれ》をふっていた。距離は二三百メートルあった。
玉太郎は眸《ひとみ》をさだめて、その漂流者を見た。
「あ、ラツールさんらしい」
玉太郎は、それから急いでいろいろな方法によって通信を試《こころ》みた。その結果、やっぱりラツール氏だと分った。そのときのうれしさは何にたとえようもない。地獄《じごく》で仏《ほとけ》とはこのことであろう。
この二組は同じ海流の上に乗って、同じ方向に流されていたのである。
玉太郎は、どうにかして早くラツール氏といっしょになりたいと思った。しかしその間にはかなりの距離があり、そして身体は疲れきっていた。とてもその距離を泳ぎきることは、玉太郎には出来なかったし、ラツール氏にしてもどうように出来ないことだろうと思い、失望した。
どこまで、海流がこの二組を同じ方向へ流してくれるか安心はならなかった。
三百六十度、どこを見まわしても海と空と積乱雲《せきらんうん》の群像《ぐんぞう》ばかりで、船影《ふなかげ》はおろか、島影一つ見えない。
熱帯の太陽は積乱雲の上をぬけると、にわかにじりじりと暑さをくわえて肌を焼きつける。ふしぎに生命をひろって一夜は明けはなれたが、これから先、いつまでつづく命やら。玉太郎は水筒《すいとう》一つ、缶詰一つもちあわせていない。前途を考えると。暗澹《あんたん》たるものであった。
熱帯の太陽
腹もへった。
のどもかわいて、からからだ。
だが、それよりも、もっとこらえ切れないのは暑さだ。
「かげがほしいね。何かかげをつくるようなものはないかしら」
玉太郎は、自分のまわりを見まわした。
もちろん帆布《ほぎれ》もない。板片《いたぎれ》もない。
だが、なんとかしてかげをつくりたい。どうすればいいだろうかと、玉太郎は一生けんめいに考えた。
そのうちに、彼は一つの工夫を考えついた。それは、今|筏《いかだ》にしている扉の一部に、うすい板を使っているところがある。それを小刀で切りぬけば板片ができる。それでかげをつくろうと思った。
彼はすぐ仕事にかかった。ジャック・ナイフを腰にさげていて、いいことをしたと思った。仕事にかかると、ポチがとんで来て、じゃれつく。
扉は格子型《こうしがた》になっている。だから周囲と、中央を通る縦横《たてよこ》には、厚い木材を使ってあるが、それらにはさまれた四カ所には、うすい板が張ってある。ナイフでごしごしと切っていった。
やがてようやく四枚の板片がとれた。
ここまでは出来た。が、これから先はどうするか。
柱になる棒と、この四枚の板片を柱にむすびつける綱か紐がほしい。
紐はあった。ナイフについている。
柱になる棒だ。それさえ手に入ればいいのだ。
玉太郎は、身のまわりを見まわした。が、そんなものはない。
海面を見た。しかしそんなものは見あたらない。
彼はがっかりした。
それからしばらくたって、彼は何となく筏の端から、うす青い海面を眺めていると、彼をおどりあがって喜ばせるものが目にはいった。棒らしいものがある。それは水面下にかくれていたので、今まで気がつかなかったのだが、一種の棒である。
この筏になっている扉の蝶番《ちょうつがい》のあるところは、もとネジで柱にとめてあった。その柱が木ネジといっしょに扉の方へひきむしられて、ひんまがったまま水中につかつているのだった。
これが大きな柱だったり、鉄材に木ネジでとめてあるのだったりすれは、木ネジの方が折れてはなれてしまったことであろうが、その船は、ちゃちな艤装《ぎそう》のために、鉄材と扉の間にすきが出来、厚さ三四センチのうすい板の柱のように間につめこんであったのだ。だからこの板は、扉といっしょにはなれるのだ。
玉太郎は、水中に手を入れ、この板柱をはずして筏の上にあげた。長さは二メートルはある。手頃《てごろ》の柱だ。
こうして材料はそろった。
玉太郎は、これらのものを使って、筏のまん中に、板の帆をもった柱をたてた。涼《すず》しいかげができた。
「ポチもここへこい。ああ、ここにおれば楽だ」
玉太郎は、かげにはいって、生きかえったように思った。
書けば、これだけのかんたんな仕事であったが、これだけのことに、たっぷり二時間もかかった。
涼しくはなったが、いよいよ腹はへってきて、やり切れない。のどもかわく。
「ラツールさんも困っていることだろう」
彼はラツールさんに同情をして、その筏の方を見た。
「おや、ラツールさんも、かげをこしらえたよ。ふーン、あの筏は、だいぶんこっちへ近くなって来たが……」
ラツールの筏の上には、白い布《きれ》が柱の上に張られた。それは帆として働いている。ラツールのところには、なかなか布があるらしい。見ているうちに、また新しい帆が一つ張られた。
それがすむと、ラツールは、筏の上から、しきりに手まねをして、こっちへ何かを通信しはじめた。
それは何事だか分らなかったが、いくどもくりかえしているうちに、意味がわかりかけた。
“おーい、元気を出せ。僕はこの帆を使って、この筏を、そっちへよせる考えだ”
ありがたい。二人とも別々に海流の上にのって、どこまでも別れ別れに流されていく外ないのかと思っていたのにラツールの努力によって、二人は筏を一つに合わせることができそうだ。ああ、ありがたい。
玉太郎は、ラツールにお礼の意味でもって、それからしばらくポチにほえさせた。
ラツール氏は手をふって喜んでいる。
筏《いかだ》の補強《ほきょう》
ラツール氏の筏は、どんどん近づいた。
氏はヨット
前へ
次へ
全22ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング