、人をよんでいる声だ。ポチがわんわんほえたてる。玉太郎はおどろいて目をさまし、むっくりと扉筏《とびらいかだ》の上におきあがったが、とたんに体がぐらりとかたむき、もうすこしで彼もポチも海の中に落ちるところだった。
 ポチが吠えたてる方角を見ると、玉太郎の扉筏よりもやや南よりに、やはり筏の上に一人の人間が立って、こっちへむかってしきりに白い布片《ぬのきれ》をふっていた。距離は二三百メートルあった。
 玉太郎は眸《ひとみ》をさだめて、その漂流者を見た。
「あ、ラツールさんらしい」
 玉太郎は、それから急いでいろいろな方法によって通信を試《こころ》みた。その結果、やっぱりラツール氏だと分った。そのときのうれしさは何にたとえようもない。地獄《じごく》で仏《ほとけ》とはこのことであろう。
 この二組は同じ海流の上に乗って、同じ方向に流されていたのである。
 玉太郎は、どうにかして早くラツール氏といっしょになりたいと思った。しかしその間にはかなりの距離があり、そして身体は疲れきっていた。とてもその距離を泳ぎきることは、玉太郎には出来なかったし、ラツール氏にしてもどうように出来ないことだろうと思い、失
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