彼がこの前にこころみたこの恐竜島の探検のことや、もっと前の、例の水夫ヤンの写生画のことなどについて質問した。セキストン団長は、はじめのうちは元気に語っていたが、そのうちにはげしい暑さと強い湿気《しっけ》にあえぎだし、もう苦しくてしゃべれないから、別のときに語ろうといって、物語をやめてしまった。このとき玉太郎が聞いたのは、前に団長がシー・タイガ号の船長などに語ったのと、だいたい同じ程度のものにすぎず、まだ深く、語るというところまではいかなかった。
「おーい。待ってくれーッ」
「おーい」
 映画班は、ときどきうしろからよんだ。そのたびに、玉太郎と団長と、博士と、娘にマルタンの五人は足をとめて、映画班の追いついてくるのをまたなくてはならなかった。そんなことが、沼のふちへ出るまでに六七回もあった。
 そういうときには、はじめのうちは、伯爵団長がぶつぶついっていたが、あとの方になると、彼はそういうときが救いの時きたるとばかりに足を止め、腰をたたき、汗をぬぐい、身体に吸いついている蚊《か》をたたき殺すのであった。
 ついに沼が見えた。
 この前のとおり、岸をぐるっと右へまわっていった。
 するとこんどは、ツルガ博士と娘とマルタンが、後におくれだした。いや、おくれだしたどころではない、ツルガ博士は沼を見ると大興奮《だいこうふん》のていで、岸のところにしゃがみこんでしまったのだ。博士は、その服装にはふにあいのりっぱなプリズム双眼鏡を取出して、沼の面を念入りに、いくどもいくどもくりかえし眺《なが》めるのだった。
「ツルガ博士。くわしく観察するのは後にして、まずみなさんといっしょに、行きつくところまで行ってみようじゃありませんか」
「しいッ、しずかに……」
 マルタン氏のことばに、博士のむくいのことばは、おしかりであった。娘のネリまでが、マルタン氏に対して、大きな丸い目をむけて、「おとうさんの、お仕事を、じゃましないでよ」と抗議するようであった。
 常識があり、礼節ただしいマルタン氏は、けっして腹を立てなかった。しかしこの博士組と、先行組との間に板ばさみになって、こまってしまった。さりながら、いかなることありとも老博士と幼い女の子だけをここに残していくわけにはならなかったので、自然マルタン氏は博士の動きださないうちは、この沼の岸をはなれることはできなかった。そしていやでも博士のようすに興味をさがしもとめる外なかった。
 ツルガ博士の観測は、いつまでたっても双眼鏡で沼の面をなめまわすだけであったから、しまいにマルタン氏もたいくつして、こっくりこっくり居眠《いねむ》りをはじめた。


   絶好《ぜっこう》の舞台《ぶたい》


 先行組の四人は、この前ラツールがよじ登っていった崖の下に立って、上を見上げていた。
「もしもし、団長さん、早く恐竜を出して下さい。どのへんから出ますか」
 映画監督のケンが、伯爵団長にさいそくをした。
「じょうだんをいってはこまる。恐竜はわしが飼っているのではない」
「夜間撮影はだめなんですよ。昨日のように出られても、こっちはとりようがありませんからね。こんどから太陽の光がかがやいているうちに出して下さい」
「まだそんなことをいう。わしは、恐竜動物園の園長でもないし、また恐竜の親でもないんだからね」
「ロケーションは、このへんがもうし分なしですね。あのそぎたったような崖、たおれた大榕樹《だいようじゅ》、うしろの入道雲《にゅうどうぐも》の群。そうだ、あの丘の上へ恐竜を出しでもらいたいですね。つまり崖の上ですよ。団長さん」
「ああ、なんとでも勝手にいいたまえ。君は昨日の事件で頭がへんになったのにちがいない。あーあ、あわれなる者よ」
「じょうだんでしょう。気がへんになっていては、こんなに見事に仕事の註文《ちゅうもん》をつけられませんよ。僕たちは、この恐竜撮影に成功して、本年の世界映画賞を獲得する確信をもって、やっているんですからね。だから団長さんも、その気になって、僕達に協力してもらいたいですよ」
「ああ、いよいよ、のぼせあがっている。かわいそうに」
「もっと註文をつければ、崖の上のあの丘を舞台にして、右手の方から恐竜を追出してもらいたいですね。そしてでてきたら、恐竜は首をうんと高くのばして入道雲のてっぺんをぺろぺろなめるんです。もちろんそれはかっこだけで、ほんとうに雲のてっぺんをなめなくてもよろしい」
「わしはもう君の相手はごめんだ。わしの方が、頭がへんになる」
「それからこんどは、大恐竜は、おやッという顔をして、長いくびを曲げ、崖の下を見る。そこで崖下にいるわれわれの存在に気がついて、長いくびをのばして、あれよあれよというまに崖の下にいる僕らのうちの誰かの頭にがぶりとかみつき、むしゃむしゃとたべてしまう。大恐竜の口にくわえられ
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