と思うと、身ぶるいが出た。
 さて島では、その日のお昼すぎに、居住《きょじゅう》の用意がいちおうととのった。そこで探検隊は、本来の仕事につくことになった。
「まず第一にとりかかることは、ラツール記者の姿が消えたという崖《がけ》のあたりを捜索《そうさく》することだ。早速みんなで行ってみようじゃないか」
 伯爵団長はそういって、隊員の顔をみまわした。
「さんせい。すぐ出かけよう」
「よろしい。われわれもゆく」
 マルタンに同意して、ケンとダビットの撮影班も腰をあげた。
 ツルガ博士は、娘ネリの手をやさしくなでて、これからはじまる探検にいっしょに行くようにやさしく説いて聞かせた。
 それを横から見ていて、玉太郎は胸があつくなった。こんな少女が恐竜島の探検についてくるなんて、なんという無謀《むぼう》なことかと思った。
「子供は、ここへおいておくんだな。恐竜は子供の泣き声を聞きつけると、よろこんであらわれる。こっちが危険のときに、わあわあ子供に泣かれては大迷惑《だいめいわく》だ。なにしろ生命がけの仕事なんだから……」
 そういったのは、すごい紳士モレロだった。彼は顔も口調も、ネリにかみつきそうにしてしゃべったものだから、少女はびっくりして父のふところに抱きついた。
「ネリちゃん。ぼくといっしょに、ここでお留守をしていましょうか」
 玉太郎は、気の毒になって、そういった。
 するとツルガ博士は、玉太郎のことばにはあいさつも何もしないで、娘の頭髪《かみ》をしずかになで、
「恐竜は、ばかな獣《けだもの》なのです。ちっともこわくありませんよ。ネリはおとうさんといっしょに行くんだから、大丈夫です」
 と、いいきかす。
 伯爵団長は、下唇をつきだして、灰色の頭を左右にふった。詩人張子馬は目を細くひらいて、夢を見ながら微笑しているようだ。
 フランソアとラルサンの二人はしめしあわせて、こそこそ後《あと》じさりをはじめた。この席から姿をかくして、第一回の探検には参加しないですむようにしたい心だった。
「団長。子供は連れていかない、はっきり宣言したまえ」
 モレロは、ほえる。
「まあ、なんだね、各人の自由行動としておこう。強制するのはこのましくない。また、はじめから小さいことで、折角《せっかく》の隊員がにらみあうのはいやだから……」
 団長は、反対のことばをはいた。
「おいおい。いくら老人団長でも、そうもうろくしてもらってはこまるぜ。問題は、われわれの生命にかかっている。危機一髪《ききいっぱつ》というところで、子供がわあッと泣いたため、恐竜がわれわれのいることに気がついてとびかかって来たらどうするんだ。われわれの生命の安全のために、われわれは幼児の同行に反対する。さあ、団長。はっきり宣言したまえ」
「それはこまる」
「なにイ……」
「まあ、まちたまえ。団長、モレロ君。恐竜島へ上陸したとたんに、せっかくにここまではるばる仲よくやってきた隊員の間で争いがおこるというのはおもしろくない。よく話し合って、協調点をみつけてくださいよ」
「生命の問題は、ぜったいだ。協調なんかして死ぬのはいやだ」
「今さら、隊員の自由をしばるのはいやだ」
「どっちも、もっともです。しからば、こうしたらどうです。ツルガ博士がゆくときは、モレロ君はあとにのこる。次回はモレロ君がゆき、ツルガ博士はあとへ残る。そんならいいでしょう」
 マルタンの調停《ちょうてい》に、モレロはまだ不服でぐずぐずいっていたが、しかしついに説きなだめられ、モレロはやっと承諾した。そして第一回のときにはツルガ博士が出かけ、第二回のときにはモレロがゆき、二人はいっしょには行かないことに、だきょうがついた。
 しかしそのあとでも、モレロはこわい顔をして、がなりまわっていた。


   探検隊員出発


 その日の午後二時過ぎになって、シー・タイガ号は第一回の探検に出発した。もちろんこれは伯爵団長がひきいていた。そしてツルガ博士のネリはくわわっていたが、モレロはいなかった。
 二人の水夫も、第一回には参加しないでいいことになった。それから、中国詩人の張子馬も残ることとなった。
 つまり、留守番はモレロ、張、二人の水夫の四名であり、出発したのは玉太郎少年の外《ほか》に伯爵団長、マルタン、ツルガ博士と娘、ケンとダビットの映画撮影班の七人だった。
 玉太郎は、隊長とならんで、先頭に立って密林にはいった。
 やがて歩けなくなったので、玉太郎は先頭になり、そのあとに団長がついた。それからツルガ博士と娘。そのあとにマルタンが護衛のようにしたがった。二人の映画班はいつもおくれがちであったが、これはもちろんとちゅうでしばしば目的物をつかまえて、十六ミリ天然色映画をとるので、そうなるのであった。
 密林の中を行くとき、玉太郎は伯爵団長に、
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