いへんなことになる」
 船長は、下級運転士がよけいなことをいったのに腹を立てながら、うち消した。
「だめです。あのけだものは、大おこりにおこっていますぜ。あっ、船がかたむく。船長。本船はひっくりかえりますぞ。早く号令を出して下さい」
「号令を出せって。両舷全速《りょうげんぜんそく》だ」
「だめだなあ。本船には両舷エンジンなんかありませんよ。ああ、いけねえ。もうだめだ」
 その声の下に、汽船シー・タイガ号は横たおしになってしまった。そしてふたたび復元《ふくげん》する力もなく、乗組員たちの救いをもとめるさけびがものがなしくひびかうなかに、船はじわじわと沈んでいった。方々の開放されていた昇降口から海水が滝のようにとびこんだためであろうが、タイガ号が横たおしになったのは、とつぜん現われた恐竜の襲撃によることは明白だった。


   ボートの運命


 タイガ号が恐竜におそわれるすこし前に、ボートにのり移って同船をはなれたセキストン伯爵たちは、どうなったであろうか。
 伯爵は、誰よりも早く、海中に恐竜が現われたことに気がついた。彼はおどろきのあまり心臓がとまりそうになったが、ここが生命《いのち》の瀬戸《せと》ぎわだと思い、
「早く島へこぎつけるんだ。今シー・タイガ号は、怪物におそわれている。この間にすこしも早くボートを島へこぎつけろ。さもないと、われわれまで、怪物の餌食《えじき》になってしまうぞ」と、オールをにぎっている連中に急がせた。
 なお伯爵が、このように落着いていたのは、やはりこれまでの探検で、ふつうの人たちよりは胆《きも》がすわっていたせいであろう。彼は、「恐竜だ」ということばをわざとさけ「怪物が現われた」と、すこしおだやかなことばづかいをした。それは他の人々が、恐竜がと聞いたときに、そろって腰をぬかしてしまってはたいへんと、気がついたからだ。
 ボートは、島のたき火を目あてに、波をかきわけて矢のように走った。
 実業家マルタン氏が舵手《だしゅ》だったが、氏は非凡《ひぼん》なうでをあらわして、波をうまくのり切った。
 島はだんだん近くなったが、ぴかり、ぴかりと稲妻《いなずま》がきらめくたびに、一同は不安にかられ、神に祈り、誓いをたてた。
 がりがりッと大きな音がして、ボートは下から突上げられた。と、いくらオールで海面をひっかいても、もう進まなくなった。
「いけねえ。リーフへのしあげちまった」
 水夫のフランソアがさけんだ。
「リーフへのしあげちまったって」伯爵がいまいましげに舌打ちをした。
「お前ら、海へはいってボートを、リーフから下ろしてくれ」
「とんでもないことでございますよ」
 と、水夫のラルサンが、かぶりをふった。
「そんなことをいわないで、はやく海へはいってボートをおしあげてくれ」
「あっしゃ、鱶《ふか》という魚がきらいでがんしてね。あいつはわしら人間が海へはいるのを一生けんめいねらっているんです。はいったところをぱくり。もものあたりから足をくいとられたり、お尻の肉をぱくりとかみ切っていったり。えへへ、なんでしたら閣下が鱶へ食糧をおあたえなすっては……」
 ラルサンは皮肉《ひにく》をとばす。
「鱶にくわれる方が、恐竜に食われるよりは、ましだというのかい」
 伯爵も負けずにやりかえした。恐竜といったが、それはラルサンたちの胸へ、ぎくりと大きくひびいた。
「恐竜がどうしたんで……」
「どうしたといって、わしらがボートで出たあと、海中からとつぜん恐竜が現われ、船は沈没してしまった」


   総督閣下《そうとくかっか》


 その翌日から、恐竜島はにぎやかになった。
 前夜の危難と恐怖と疲労とで、身も心もへとへとになった探検団員も、朝になると元気をとりもどして、一人また一人とおき出で、肩をならべて沖合に難破しているシー・タイガ号をさしては、昨夜のおそろしい思い出話に時間のすぎていくのもわからないようであった。
 タイガ号は恐竜のため船体をまっ二つに割られ、いったん浪にのまれたが、その後また恐竜におもちゃにされてはねとばされたものと見え、船尾《せんび》の方はずっと島の近くの暗礁《あんしょう》の上にのって居り、船首の方はそれから百メートルほどはなれたところに、船首のほんの先っちょと、メイン・マストを波の上に出していた。さんたんたるタイガ号の姿であるが、これを見ても恐竜の力がおそろしく強いことがうかがわれる。
 タイガ号の乗組員はどうなったであろうか。かげも姿も見えない。しかしほとんど助かっていないであろう。それに今は下《さ》げ潮《しお》のこととて、附近の漂流物は沖合へ流されているのだ。
「ああ、総督閣下。お早ようございまする」
 がらがら声で団長セキストン伯爵があいさつをした相手を見れば、余人《よじん》ならず、玉太郎だった。

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