窟に首をつっこんだ。
「グアッ」
 そいつは怒りの叫び声をあげて、穴に入っていった。


   あっ爆音《ばくおん》だ!


 人と怪獣《かいじゅう》の闘い。
 いや闘いではない。怪獣に追いまくられて逃《のが》れきれぬ人間が、最後の苦闘をつづけている図だ。
 惨憺《さんたん》たるありさまだ。
 恐竜は穴から、その長い首の先にモレロをくわえて出て来た。
 そのすきにラルサンとフランソアが穴からころがるように逃げて出た。仲間の他の恐竜が、長い首と、樽《たる》ほどもある大きい眼で二人を追った。
 穴からぬけ出て、一息するひまもない。二人は腰のあたりをくわえられると、ぽーんと海の向うへなげられた。他の恐竜が、海からやっと姿を見せたフランソアの身体をくわえあげる。
 まるでボール遊びをしているような具合だ。
 くわえながらも、モレロはピストルを射った。
 これが又恐竜のいらだたしい神経をよけい刺戟《しげき》したらしい。モレロの体は、フランソアより、二倍も三倍もの後方へほうり飛ばされた。
 ダビットは崖の上の岩のかげからそれらのようすをすっかりカメラに収めていたのだ。玉太郎等三人が山肌《やまはだ》の小径《こみち》をころがるように谷の方へおりてゆく様子も、もちろんカメラにおさめられていた。
 一番先におりていったのは、ラウダだ。彼は五年間もこの島に住んで、朝から晩までさびしい山道を往来《おうらい》している。だからケンが登山でならした腕だと自慢しても、また玉太郎が身体が軽く敏捷《びんしょう》だといばっても、ラウダにはとうていかなわない。
 ラウダは崖の上にたった。
 下には恐竜がモレロたちの体をまり[#「まり」に傍点]のように、もてあそんでいるところだった。
「ピー、ピー、ピイヒョロ、ヒョロ」
 ラウダが口笛をふいた。恐竜に聞かせるように、それは何かの合図のような音色《ねいろ》をとっていた。
 すると、恐竜の首が一斉《いっせい》に崖の上のラウダの姿にそそがれた。
 恐竜どもが、ラウダの口笛から、何かの合図を受けたことはまちがいない。
 ケンが来た。玉太郎も来た。
「ラウダ、ふしぎなことがおこったな」
「ふしぎでもなんでもない。彼が恐竜に命令したんだ」
「命令」
「うん、つまらん遊びはよせといったのだ」
 ラウダは恐竜をあやつることを知っているに違いない。
「君は恐竜を自由にできるか」
「いや自由にはできない。が、彼等を喜ばせることはできるんだ。僕の口笛がそれだ」
 そういって、ラウダは高らかに口笛をふきならした。
 恐竜はよったように、ききほれている。
 モレロ、フランソア、ラルサンの身体は、三匹の恐竜の口から、ぼとん、ぼとんと海の中にすてられた。
 三人の身体は一度沈んだが、再び浮き上って、流されはじめた。
「死んでいるかも知れない。もしかすると気絶をしているだけかもわからない。僕はここで恐竜をおさえているから、岬《みさき》のむこう側に行ってくれたまえ、三人の身体は潮の流れにのって、あっちへとどくのだ」
「オーケー」
 ケンと玉太郎は、ラウダに云われるままに再び山にのぼり、大きくまわって、岬のはずれにいそいだ。
「おや、あすこにボートがある」
「うん、誰が乗って来たのだろう、今の我々にはなんといっても絶好《ぜっこう》の味方だ。拝借《はいしゃく》しょう」
 二人はすべるように崖を下っていった。
 ボートはモレロたちの作った丸木船《まるきぶね》だ。けれどもとより二人は知らない。
「さ、玉ちゃん乗れ、君は舵《かじ》を、僕はオールをもつ」
 ボートは波に乗って、恐竜に見つけられぬように注意しながら、待った。
「おや」
 ケンがオールの手をとめた。
「玉ちゃん、聞えないかい」
「なんです」
「ほらあの音」
 玉太郎も耳をすませた。
「ああ、虫の羽音《はおと》のようですね、ブーン、ブーンという、蚊のような音ですね」
「うん、あれは君、飛行機の爆音《ばくおん》だよ」
「え、飛行機」
「そうだ。しばらく、ようすを見よう」
 蚊の羽搏《はばた》きににたその音は次第にはっきりして来た。やがて爆音だということが感じられた。
 しかし、大きくひろがっている蒼空《あおぞら》の中に、その姿を見つけることはなかなかむずかしい。二人は眼をギロギロさせて大空をさがしたが、蚊よりも小さい姿は見つからなかった。
「あ、あれですよ」
 玉太郎の眼はするどい。
「どれ」
「ほら、あすこです」
 ケンの眼にはまだ見えなかった。
「うん、うん、ああ、飛行機だ」
 しばらくして、ケンの眼にもわかったらしい。
 朝日をあびて、その翼《つばさ》が、時々キラリキラリと光っている。
「我々を救《たす》けに来たのでしょうか」
「そりゃわからない。しかし、なんとか僕らのいる事を教えたいものだ」
「の
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