三人は待った。
「おや、へんな匂がしますね」
「うん、恐竜の匂だ。さ、風がかわったぞ。出かけようか」
三人はそっと船を出した。
そのころになると月があがった。十五夜に近い円い月だ。東の空から青白い光をなげている。それが唯一の灯《あかり》だった。
「奴等は眠っているらしいぞ」
恐竜の巣は、水上五|米《メートル》位のところにいくつもあいている洞窟がそれらしい。
ボートを岸につなぐと、三人は岩にのって、河づたいに、恐竜の巣の方に近づいた。
「おっ、モレロ親分」
「どうした」
「セキストン伯爵です」
「何」
「ほら、あすこに倒れているのは」
「うん」
ラルサンが指さす岩の上に、長い綱をつけたまま、両手をのばして倒れているのは正《まさ》しくセキストン団長だった。
モレロは近づいていった。
頭に手をやってみたが、しずかに首をふって二人に見せた。
「あすこから落ちたんじゃ、生きているのがふしぎな位だ」
モレロはそうつぶやくように云ったが、ぞっとして、ぶるぶる身体をふるわせた。
「キッドの宝をねらうものは必ず命がない」
と昔からつたえられている言葉だ。キッドの宝物をもとめて来たセキストンが、今ここにその予言どおりになって死んでいるではないか。とすると、次には同じ運命が、自分の上にものしかかって来るのではあるまいか。
さすがのモレロも、ここまで考えてくるともうじっとしていられなくなった。
「親方、行きましょう」
と、この時フランソアが言わなかったら、モレロはもどっていたかも知れない。そして次にきた恐ろしい運命から逃れることが出来たかも知れなかったのだ。
その恐ろしい運命とは――
宝《たから》、死と共《とも》にねむる
三人はボートからおりると、そろりそろりと岩をつたわって、洞窟《どうくつ》にむかった。
月の光を受けて、ぽっかりあいた大きな穴は、気味悪《きみわる》く三人の上にのしかかって来ている。
この穴の中には恐竜がいるのだ。その恐竜の巣の中にこそ、キッドの宝物はある。
セキストンは洞窟の前にちらばっている宝物の破片《はへん》を発見したに違いない。
「おい、これを見ろ」
先頭にたったモレロが低くつぶやいて、あとをふりかえった。
「なんです」
「スペイン金貨だ」
「これがここにあるところを見ると、宝物も近いぞ。宝物箱《ほうもつばこ》をはこぶときに、落したものと見える」
月にすかして見ると、金黄色にかがやいている。まぎれもなき金貨だ。フランソアは、後のラルサンに手渡した。
野獣のにおいがする。甘いような、すっぱいような、なんともいえぬ香りだ。
「しっ」
モレロがおしとどめた。
「音がしたぞ」
「恐竜が寝返りでもした音ですかな」
「いや、鼻の悪い恐竜が、いびきをかいたのだよ」
「出来るだけ、はじによれ。まんなかを歩くと、恐竜にふみつぶされぬとも限らぬ」
モレロが注意した。
三人はそろり、そろりと暗い洞窟の中を手さぐり、足さぐりですすんでいった。
生あたたかい風がふいて来た。
“恐竜の呼吸だな”
と感じたので、三人は頭をさげて、息を殺した。
心臓が、はげしくなった。全身の血が一ぺんに、大波をたてて、全速力であばれだしたようだ。
「おい、このままで夜明けまでまとう。恐竜が、外に出ていった留守に探検するんだ」
「恐竜も散歩に行くんですかい」
「散歩じゃない。朝になれば食物をさがしに出かけるだろう」
「なるほど、レストランへ行くんですね。明日の朝飯《あさめし》は何んだろう」
「白い牛乳に、焼きたてのトーストパン、それに香りの高いコーヒーか」
「何をくだらんことをいっているんだ。ここはパリーじゃないよ、コーヒーなんかあるものか」
「あ、そうでしたな」
「恐竜の朝飯は何んでしょうね」
「そんなこと俺が知るものか、恐竜にきいてみろ」
「へーい、もしもし恐竜さん」
「こら、だまれ」
モレロの一喝《いっかつ》で、ラルサンは首をちぢめた。
「だまって、朝まで待ちゃいいんだ……」
「へーい」
ちょうどこの時、玉太郎の一行は、島の怪人ラウダの巣にたどりついた頃だった。それから一行が船にのり込んで、その船が外海にすすみ出て行こうとするまで、モレロ達三人は恐竜のねている洞窟のすみで、小さくなって朝のくるのを待ちつづけたのだった。
思わずウトウトすると、フランソアはモレロのたくましい腕でぐっと首の根をつかまえられた。
「おい、起きろ、起きろ」
「朝日が出ているのだろう、洞窟の入口がかすかに明るい」
「油断しちゃならねえぞ。恐竜が御出勤《ごしゅっきん》だ」
「へえ、どこの会社へ」
「馬鹿野郎、会社へなんぞ行くものか」
「じゃ、お役所ですか、バスに乗って」
「どこまでも間抜けなんだ。眼をさませよ、お前は、何か夢でも見
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