て……」
 とケンはシャツのボタンをはめながら落着いていた。
 張と、ラウダも起きてきた。
「返事が来たのです。ポチがもって来たのです。ごらんなさい、ケン小父さん、これです」
「うん、ポチはなかなかやるね、どれどれ」
 玉太郎の手渡したマルタンからの手紙を、ケンはみんなに聞えるように、大きな声でよみあげた。
「ばんざい」
 ダビットが両手をあげた。
「どうする」
 ケンがみんなを見まわした。
「すぐ出発するか、それとも」
「それともなんですか」
「あの帆船《はんせん》を調べるんだ」
 一同の頭の中には、うまくすれば、あの帆船にのって、この島から脱出出来るかも知れないという希望がちらりとかすめた。
「調べても無駄です」
 ラウダが頭をふりながらひくい声でいった。
「僕は十分調べてあるんです」
「その調べた結果をうかがおう」
 ケンは議長格で発言した。
「まず船は痛んではいません」
「大洋の航海に出ても大丈夫かしら」
「部分的には朽《くさ》っているとこもあるが、大丈夫でしょう」
「それはありがたい」
「船は大丈夫でも、あの洞穴から出ることは出来ない」
「出来ないというと」
「なぜだかわかりませんが、船は少しも動かないのです。潮《しお》の満ち引きにおうじて、多少なりとも動くべき筈のところ、船底をコンクリートで固定でもさせられたように、動かない。だからだめでしょう」
 ラウダは下をむいた。
「よし、動くとしても、あの湖からどうしで船を海に出すことが出来るだろうか、僕はよく調べました。五年もの間、調べに調べた結果なのです」
 半ばひとり言のように、深いあきらめの顔色が、ひが消えるような溜息《ためいき》と一しょに、みんなの胸を悲しくさせた。
「でも、一度調べてみようじゃないか」
 長い沈黙の後で、ケンが元気よく云った。
「ラウダ君の見落した処もあろうし、また僕たちの新しい発見に期待してよいだろう」
「ケン、いいところへ気がついた。さあ怪船探検へ出発しよう。ラウダ君が先に立つんだ。それからケン、玉太郎、ラツール君の順で行きたまえ、張君はややおくれてあとから……」
「ダビット、何をいっているんだ」
「映画の話だ。僕はここにカメラをすえる。君はそのままの位置でとまってくれ給え、今度は、僕は船の上から、とる。なにしろカメラが一台だから、カメラマンは忙しいんだ」
「ダビットさんは相変らず仕事熱心だなあ」
「そんなに苦労してとったフィルムが、いつ世界の人の眼にとまるのだ。永久にこの宝島に葬《ほうむ》りさられるとも限らないのだよ」
 張が重々《おもおも》しい声で死の予告をした。
「それは僕らが死ぬということにきめているからだよ。僕らは助かる。そして文明社会に帰れる。帰った翌日にこの映画はもう封切られるのだ。ニューヨーク劇場にしようか。それとも、ワシントン劇場にしようか。僕はそれまで考えているんだ」
「夢のような話だ。奇蹟のむこう側の物語だよ、君のいうことは」
「いや違う。明日の事を、僕はいっているんだ。大統領をはじめ朝野《ちょうや》の名士を多数招待して封切《ふうぎ》る場合はとてもすばらしいぞ。僕はケンと一しょに舞台にのぼる。嵐のような拍手だ。ケンが恐竜島の探検談を一席やる、僕がつづいて島の生活について語る。そして映画についての説明をする。人々はただ驚嘆《きょうたん》のうちに僕らの行動をたたえるだろう。リンドバーグのように、ベーブ・ルースのように、僕らは世紀の英雄になるのだ」
「やめてくれ、ダビット。その話は帰りの船の中で聞こうじゃないか」
 ダビットは不平そうだった。だがこんなみじめな場合においても、明るい、ほがらかな性格だ。希望をすてない態度に、玉太郎はアメリカ人のよさを見せつけられたように感じたのだった。
「さ、諸君、出発だ」
 ダビットはカメラのレンズのおおいをとった。
 不平をいいながらも、誰もがこの演出通り歩きだした。
 一歩、一歩すべる岩道を湖の方にくだってゆく。そのゴロゴロした岩道の向うに、大きい帆船が、御殿《ごてん》のようにそそりたっていた。


   僕らは助《たすか》る?


「この船に乗り組む途《みち》はただ一つ。あすこです」
 ラウダが指差《ゆびさ》した。
「あの岩から、岩づたいにわたって、浅瀬《あさせ》を通って行くのです。さ、僕の後についてきたまえ」
 いくども、いやいく百回も通いなれた路にちがいない。ラウダはすっかりなれた足取りで、岩道をのぼっていった。
 あとからすぐダビットがつづいた。ダビットは、彼の計画通り、一同が船に乗りこむのを帆柱《ほばしら》の陰あたりからおさめる考えらしい。
 ラウダが浅瀬を通って、船ばたにたれている綱にすがって、軽く船内に入ると、ダビットもつづいてあがった。もっともダビットの場合は、ラウダほど身
前へ 次へ
全53ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング