軽くはゆかない。危《あやう》く落ちそうになるところを、よこからラウダにひっぱりあげられたのである。
 ケンも張もあがった。ラツールはひどく疲れているからポチと一しょに岩に腰をおろすことになった。
「玉ちゃん、しっかりたのむよ」
「うん、大丈夫だ。僕、よく見てくるよ」
 玉太郎はラツールと握手をすると、身軽に飛びさった。
 甲板《かんぱん》はしっとりとしめっていたが、塵《ちり》一つなく美しく片づいていた。帆はどの帆もすっかり巻きこまれてた。
「この帆は役立つかな」
「大丈夫役立つ、現《げん》に僕はこの帆をはいで、小型のテントを作った」
 ラウダが答えた。
「まず我々は船長の部屋に敬意を表することにしよう。僕が案内する。ついて来たまえ」
 ラウダは、自分の家を案内するように先にたって、階段をおりていった。
 階段はギシギシ音をたてる。ある部分はくさっていたが、それでも足をふみはずしてころげ落ちるという危険はなかった。
「ここが船長室だ」
 ラウダの指さした扉を見て、一同はぞっとした。扉の上に、すでにミイラになった人の首が、短刀《たんとう》に釘《くぎ》づけになってはりついているのだ。
「なんだい、この謎は」
 ダビットが首をかしげた。
「この部室に入るものは、この者と同じ運命をたどることを覚悟せよ」
 ケンがミイラの首の下に書いてあるスペイン語を英語になおして説明して、
「つまり、船長室に入っちゃならぬというんだね、ケン」
「そうだよダビット、船長室に入ることは、死を意味することだと、この者が説明しているのだ」
「けれども入った者がいるのです」
 ラウダが口をはさんだ。
「おそらく船長室には、この船の宝物が全部集められていたにちがいない。船長はこれを守るために、この掟《おきて》をつくったのだろう。しかし、慾深い人は、死を覚悟してこの掟を破ったんだ。この扉を開いた」
 ラウダは、足でダーンと扉をけった。
 扉がダーンと音をたててむこう側にあいた。
「見給え、掟を破った者の姿だ」
 玉太郎はもう少しでキャーッという声をたてるところだった。
 入口のちょうど正面に一人の男がたっていた。いや、正面の壁に立たされているのだ。胸から背にサーベルがぐさりとささっているそれがさらに壁をつらぬいて、男をささえているのだ。男といってももちろん、ミイラになっている。
 苦しんで死んだらしいようすが、そのかっとあいた眼にも、口にも、まだ白さが残っている歯にも見えた。
「恐ろしい姿だ」
 ケンがしずかにいった。
 張がすすみ出て、部屋の中へ入っていった。一同はそれにつづいた。
 部屋は二|米《メートル》四方の小さい部室だ。部屋のすみには美しい彫刻をほどこした金具でかざられた箱がつみ重ねられていた。その箱の蓋《ふた》はどれもこれもあけられているか、ひきちぎられていた。
「金貨がある。宝石もある」
 とり残された宝の一部が、箱の中にはスペイン金貨が二三枚ちらばっていた。
「キッドの宝がここにあったのだ」
 張がいった。
「しかし、誰かがすでに運びさっている」
「君か、ラウダ」
 ダビットが、ラウダの顔を指さした。
「そうだったら幸福なのだが、そうではないのが残念なのだ。僕らの探検の前に、すでに誰かが、この島に来ていた。そしてキッドの宝物は彼等の手に処分されていたのです」
「あ、ほら、さっきあったあの骸骨《がいこつ》ね」
 玉太郎が思いだしたようにいった。
「僕がセキストン伯爵の首だと思ったあの骸骨、あれがそうじゃないんですか」
「うん、僕もそう思っていたところだよ」
 ケンがうなずいた。
「何者かがここから運び出して、島のあるところに運んだのです。僕もそう思った。そこで五ヶ年の間、それをさがしつづけてみたのです」
「それでラウダ、君にはわかったのだね」
「確かではないがある程度はね、しかしそこは僕らの手にはおえないところなのだ」
「そりゃどこだ」
「恐竜の巣《す》の穴《あな》らしいんだ。それも、らしいというだけで、はっきりはわからない」
 ダビットは首をふりながら、
「残念ながら、ここは暗すぎてカメラに入れるのは無理だ。外に出よう。どうも僕にはこんなミイラ君とは仲よしになれそうもない」
 そこで、一同はふたたびラウダに案内されて、甲板に出た。
 船尾から船首へ。
「おや大砲がある」
「およそ古いね」
「大昔の海賊が、おもいやられるね」
「昔はこれで戦ったんだから、戦争も悠長《ゆうちょう》なものだったに違いない」
 そんな会話をしながら歩いてゆくと、
「やっ」
 とラウダが何におどろいたか、突然のさけび声をあげた。
「どうしたんだい、ラウダ」
「船の位置が、船の位置がちがっているんだ」
 彼は湖面を指さしながら、絶叫《ぜっきょう》した。
「五年の間、少しも動かなか
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