く、探検隊員全部の上にかがやくようになったことは、誰も知らなかった。それがどんな幸福だかは、この書の最後まで読まれた読者にはおわかりになることである。
 それは後の物語として、洞穴をぬける四人の身の上にもどろう。
「ケン小父さん。何か人声が聞えませんか」
 玉太郎が、ケンの足にサインした。
「うむ、君の耳にもきこえたか、僕は耳のせいかと思っていたが……」
「おい、ストップ」
 ダビットが言った。
 みんなは息をころして、じっと耳をそばだてた。水にぬれた衣服を通して冷い岩肌の冷気がきゅうっと五体を緊張させた。
 ほんのかすかな音である。どこからきこえるのかも見当がつかない。
 四人はどっと、八つの耳をそばだてた。
 きこえるよ、たしかにきこえる。
「フランス語だ」
「いや英語らしい」
 声は空気の流れにのって聞えてくるのではなかった。ダビットが頭の上の岩肌に耳をつけると、声はよけいにはっきりした。つまり声は岩を伝わってひびいてくる振動音なのである。
 読者が二階にいる時、階下の話声を聞こうと思えば、窓をあけて聞くより床《ゆか》に耳をつけた方がよい。階下の声の音は二階の床を振動させて、直接読者の耳に伝えてくれるのだ。
 こんなことをしてはもちろん危険だが、遠くを走って来る汽車は、姿が見えない遠方でも、線路には車輪のひびきがのってきている。今四人が耳にしたのはそのひびきの声だ。
「とすると、この近くに誰かがいるのだな」
「そうだよダビット、あんがいその洞穴の上は道路になっていて、そこに誰かが来ているのかも知れない」
「あ、ラツールさんの声だ」
 玉太郎がとつぜんにさけんだ。
「え、ラツール、じゃ、あのフランスの新聞記者のあのラツール君かい」
「そうです。僕信号をしてみます」
 玉太郎が岩のかけらをとりあげて、頭の上の岩肌をコツコツとたたきはじめた。モールス信号だ。
 返事はない。
 コツコツコツコツ、玉太郎は信号を送る。
 まだ返事はない。しかし今度は話し声がきれた。こっちの信号がわかったらしい。
 玉太郎は信号を送った。
「ラツールさんですか。こちらは玉太郎です」
 今度は返報《へんぽう》がきた。
「玉ちゃんかい。どこにいる」
「どこだかわかりません。海に出るらしい洞穴の中です」
「どこから入ったの」
 そこで玉太郎は今までの道すじを長い時間かかって説明した。
「ちょっとまってね」
 信号がそれで切れた。
「やっぱりラツールさんだった。早く会いたいな、どうしているんだろう」
「さっきは、僕らがラツール記者を助けた。今度はラツール記者に僕らが助けられるという事になるらしい」
「おいダビット、神様はまだ我々を見捨てにはならないからね」
「そうだケン、天国行きのバスのガソリンが切れたのだよ、きっと」
 ダビットはもう元気になった。もちまえの冗談《じょうだん》が口をついて出る。
 トントン、ツーツー、トンツー。
 と信号がひびいて来た。
「君らのいる横穴をさらに十|米《メートル》すすむ、すると大きな洞穴に出る。日の光もさしているだろう。階段も見えるにちがいない。僕はこの島の住人《じゅうにん》をつれて出むかえに行く」
 ラツールの信号は、こうつたえて来た。
「ありがたい。ところでその島の住人とはなにものだろうね」
 玉太郎が信号をといてみんなに話すと、ケンがこうたずねた。
「島の住人とは何者なるか」
 玉太郎がすぐに信号を送った。
「会えばわかる。ふしぎな人物なり、僕は恐竜の口から彼によって救われたのだ。いずれ大洞窟《だいどうくつ》でお目にかかろう」
「O・K!」
 そろり、そろりとまた行進がはじまった。
「もう何米ぐらいはいったかな」
「まだ三米ぐらいだよ」
「あと七米だね、元気を出すぜ」
 ダビットは足をばたばたさせた。
「クロールじゃないから、足を動かしても進みませんよ、お静かに、お静かに……」
 張さんも笑っている。みんな元気だ。おもえば昨日から何も食べていない。腹はへっている。疲れは極度に五体をしびらせている。
 しかし救われるという希望が眼の前にかがやいているのだ。だから四人は元気一杯なのだ。
「あ、あれだ、明るいぞ」
 先頭のケン。
「もう一いきです」
 玉太郎がふりかえった。
 かすかではあるが、明るい。
 頭をぶつけたり、肩をうったり、細い洞穴の旅行は大へんな難行苦業《なんぎょうくぎょう》だったが、それももうすぐ終りだ。
「さて、このへんの様子もカメラにおさめておこうか」
 もうダビットは商売をはじめた。明るい出口をめざして、そろり、そろりとはいでるケン監督のようすを、後からダビットはカメラにおさめた。
「ああ、遂《つい》に救われた」
 ケン、玉太郎、ダビット、張の順序で穴から出る。そこは大きな洞窟になっていて、上からは岩
前へ 次へ
全53ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング