《はくしゃく》の昂奮《こうふん》
玉太郎はじっと伯爵の動作《どうさ》を、それとなく注意していた。
伯爵は、何ものかにつかれた人のように、そばに玉太郎がいるのにも気がつかないらしく見えた。その伯爵は、急に一声《ひとこえ》うなると、岩のうえに腹ばったまま、筒型《つつがた》の望遠鏡をとりだして、目にあてた。そして前より熱心に、洞窟の多島海のまん中あたりを見つめているのであった。
(なんだろう。伯爵は、ひじょうに自分の気になるものをさがしているらしい。なにをさがしているのだろうか。この前この島へ来てここへ残していった探検隊員をさがしているのではなかろうか。それとも、恐竜よりも、もっと珍らしい前世紀の動物をさがしているのであろうか)
玉太郎は、いろいろと考えまわしたが、すぐにこの答えは出なかった。
「ううん、そんなはずはない」
伯爵は、ひくい声で、苦しそうにつぶやいた。
「伯爵。どうしたんです。なにをさがしているんですか」
玉太郎は、ついに伯爵にたずねた。
すると伯爵は、くわっと眼をむき、大口をあいて、玉太郎から身をひき、にらみつけた。その顔付きは、玉太郎がこれまで一度も見たことのないおそろしい形相《ぎょうそう》だった。
「ああーッ。君なんか、君なんかの知ったことではない」
伯爵はいつもの伯爵とは別人《べつじん》のように、ごうまんな態度でいいはなった。そしてまた望遠鏡をとりあげて、洞窟のまん中あたりをさがしにかかるのだった。
そのとき、洞窟の中で、荒々しい羽ばたきをしてしきりに上になり下になり、たたかっている怪鳥が二羽あったが、それがそのとき、たがいにくちばしでかみあったまま、洞窟の天井《てんじょう》から下へ、石のように落ちて来た。そしてあっという間に、一つの平らな岩の上で昼寝をしていたらしい一頭の恐竜に、どさりとぶつかった。
怪鳥は絹《きぬ》をさくようなさけび声をあげるし、恐竜もまただしぬけのしょうとつにびっくりしたと見え、巨体をゆすると、ざんぶりと海水の中へ身を投げた。そのあたりが、きらきらと、まぶしく光った。それは、海水の飛沫《ひまつ》が、日に照りはえたようでもあったが、それにしては、あまりに強い光のように思われた。しかしそのきらきらきらは、恐竜がそれまでに腹ばいになっていた岩の上で特にきらきらきらとかがやいたように見えた。
「ううーッ。あれだ」
伯爵がしゃがれ声でさけんだ。しかしそのことばの意味は、玉太郎には通じなかった。玉太郎は、老伯爵がいよいよきみょうなうなり声をあげるので気味がわるくなり、どうしたのですかと、又たずねた。
「どうもしない。どうもしない。君、君なんかには絶対に関係ないことだ」
伯爵は、口ごもりながら、そうべんかいして、玉太郎をぐっとにらみつけた。
「そんならいいですが、あなたはなぜ、さっきから昂奮していらっしゃるんですか、伯爵」
玉太郎は、そういわないで、いられなかった。
「伯爵? あ、そうか。なに、わしが昂奮しているって、……あははは、とんでもない。わしは北氷洋の氷魂《ひょうかい》のように冷静だ」
なんだかわけのわからぬことを伯爵はさけんで、やっぱり昂奮していた。しかし彼は自分の昂奮を極力《きょくりょく》他人に知られたくないようすであった。とにかく、そのとき以来、伯爵は急にじょうきげんにかわったことはたしかであった。いったい何がこの老人を、こんなにうれしがらせているのであろうか。
「伯爵。その望遠鏡を、ちょっとぼくにかして下さいな」
「この望遠鏡を!」伯爵は、起きなおって例の望遠鏡をしっかり胸にだいた。「とんでもない。これは大事なものだ。貸すことはできない。ぜったい出来ない」
伯爵のようすは、いよいよただごとではなかった。玉太郎は、自分の方の味方をふやすために、あたりを見まわして、ケンとダビットの姿をもとめた。
と、その二人は、岩頭からのりだすようにして、しきりに恐竜の生態《せいたい》を映画にとっていて、ほかのことはぜんぜん注意をはらっていなかった。それもむりではない。さっき第一回の撮影に大失敗し、そのあと突然ふってわいたすばらしい恐竜洞の光景をつかまえ、今こそすばらしい機会だ、思う存分フィルムへとってしまえと、二人の映画人は夢中になっているのだった。
玉太郎は急に自分ひとりがそこにとりのこされているような気がして、おもしろくなかった。
彼は、愛犬ポチのことを思い出した。ポチを呼ぶために、口笛を吹こうとしたが、その直前に思いとどまった。恐竜は口笛がきらいなんではなかったか。口笛を吹いて、せっかくおとなしくしている恐竜をよび、巨獣《きょじゅう》どもを怒らせてはたいへんだ。
口笛を吹くのをやめたかわりに、玉太郎は岩鼻から前半身をのりだして、崖の下をながめた。
下はすごい
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