て、その向うには、どんなすさまじい光景が待っているであろうか。
恐竜《きょうりゅう》の洞窟《どうくつ》
なにがすごいといっても、こんなすごい光景は見たことは、玉太郎にとって、はじめてのことだった。
いや、玉太郎だけのことではあるまい。大胆《だいたん》なアメリカの映画監督のケンもダビットも、すっかり顔色をかえてしまい、しばらくその場に立ちすくんで、ひとことも口がきけなくなったことによっても知れる。
年をとったセキストン伯爵にいたっては、もう立ってはいられず、四つんばいになって岩にかじりつき、わなわなとふるえている。しかし伯爵は、ふるえながらも、岩のむこうを熱心にのぞきこんでいる。こわいもの見たさとは、この場の伯爵のことであろう。
四人の探検者の心を、かくも恐怖のどん底においこんでしまったすごい光景とは、いったいどんなものであったか。
それは、一言でいいあらわすなら、彼ら四人は、とつぜん「恐竜の洞窟」の見下せる場所へ出たのであった。
四人がかたまっている足もとには、岩があったが、そのむこうは、大きな空間がひらけていて、明るく光線もさしこんでいた。それは巨大なる洞窟であった。そして洞窟の天井にあたるところが、どこかわれ目があって、そこから熱帯の強い日光がさしこんで、洞窟内を照らしているのだった。
洞窟の中は、一面に青黒い海水がひたしていた。そしてその海水の中に、巨大なる恐竜が、すくなくとも四頭、遊んでいたのである。
一頭の恐竜でも、ぞおーッとするところへ、このふしぎな洞窟を発見し、その中に四頭もの恐竜が一つところへ集っているのを見たのだから、一同が死人《しにん》のように青ざめたのもむりはなかろう。
その恐竜どもは、玉太郎たちが近づいたのに気がついていないようであった。それは彼らにとって幸いであった。もし恐竜がそれに気がつき、玉太郎たちを攻撃しようと思ったら、それはちょっと長い首をのばして、崖の上にいる玉太郎を一なめにすればよかった。また、玉太郎たちがにげだしたら、恐竜はひょいと洞窟の底を蹴《け》って崖のうえにとびあがり、地下道を追いかければ、わけなく人間どもをとりおさえることができるのであった。
が、四頭の恐竜どもは、たがいに仲よくふざけていて、玉太郎たちには気がついていないようであった。
玉太郎は、ようやく心臓のどきどきするのをすこしくしずめることができた。そしてこの怪奇にぜっする恐竜洞を一そう心をおちつけてながめた。
見れば見るほど、天下の奇景《きけい》であった。岩山がうまくより集って、偉大なる巣窟《そうくつ》をつくっている。日は明るくさしこみ、そして洞窟の中をひたしている海水は、外洋《そとうみ》に通じているようであった。そのしょうこには、海水は周期的《しゅうきてき》に波立ち、波紋がひろがった。波は玉太郎の見ているところの方へ打ちよせて来る。してみれば、波がはいりこむ入口はこの洞窟の奥まったところにあるらしい。
そういえば、奥の方で、ときに美しい虹が見えることがあった。
恐竜が遊んでいる洞窟の中には、海水ばかりではなく、方々に赤黒い岩が水面より頭を出していて、まるで多島海の模型《もけい》のように見えた。その岩は、海水にいつもざあざあと洗われているものもあれば、水面より何メートルもとび出して、どうだ、おれは高いだろうと、いばっているように見えるのもあった。
怪鳥《かいちょう》が、しきりに洞窟内をとびまわっていた。そしてぎゃあぎゃあきみのわるい声で泣いた。
玉太郎が、この奇景に見とれていると、彼のそばへ、誰かしきりに身体をすりよせてくる者があった。玉太郎は、その者のために、横へおされて、姿勢をかえないと落ちるおそれがあるのに気がついた。「何者か、この無遠慮《ぶえんりょ》な人は」とふりかえると、なんのこと、それは探検隊長のセキストン伯爵だった。
(あ、この老人も、こわがっているんだな)と、玉太郎はちょっとおかしくなった。伯爵は、こわいものだから、玉太郎の体をかげに利用して、こわごわ岩鼻のむこうを眺めようとしているのであろうと、玉太郎は初めはそう思ったのだ。
ところが、それにしてはへんなところがあるのに、玉太郎は気がついた。というのは、伯爵の両眼《りょうがん》は、くわッと大きくむかれていた。まばたきもしない。前方の一つところを、じいッと見つめているのだった。
その視線をたどってみると、どうやら伯爵の視線は、洞窟の海水のひたしている中央部あたりにつきささっているらしい。恐竜は、一頭は岩の上にはい上っているが、他の三頭はもっと左側へよったところで、あいかわらずふざけていたから、伯爵は恐竜を見つめているのではない。
なにごとだろう。伯爵は、何を考え、何をしようとしているのか。
伯爵
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