と思うと、もう雲が切れて、もうもうと立ちのぼる水蒸気に、明るく陽の光がさしこんで来た。気温は、またぐんぐんとのぼり出した。視界がひらけた。
「おや。あんなところに崖が見える」
 どこをふみまよったものか、スコールがあがってみれば玉太郎はとんでもないけんとうのところに立っていた。さっきすべりおちた崖の斜面《しゃめん》のしたから、百五十メートルばかりもはなれたところに立っていたのだ。彼は斜面の下へむかって急いで歩いた。
 歩きながら、斜面をいくども見下げた。そのとき彼は、不審《ふしん》の念《ねん》にうたれた。「ラツールさんの姿が見えないが、どこへ行ったんだろうか。斜面をすっかりのぼって、崖の上へ出たのかしらん」
 斜面にはラツール記者の姿がなかったのである。ラツールといえば、彼はスコールの中に降りこめられ、斜面のまん中あたりで、進退《しんたい》きわまっていたのだったが、今はどこにいるのだろうか。
「そうだ。この斜面を自分ものぼってみよう」
 玉太郎は、そう思って、再び斜面をのぼりかけた。
 だがそれはだめだった。斜面は雨水をうんとすいこんで足をかけ、手をおいたところは、いずれも土がごそっと取れてしまって、のぼることが出来ないのであった。いくども場所をかえてやってみたが、どれもだめであった。
「ああ、のぼれないのか」玉太郎は、くやしがって、斜面をにらみつけた。しかしにらみつけたぐらいで、どうなるわけのものでもなかった。
 彼はその場所に、二時間あまりも待っていた。彼はたえず崖の上を注意し、もしやラツールが顔を出しはしないかと心待ちにしていた。ラツールの名を何十回となく呼んだ。だがラツールは姿も見せなければ、返事もしなかった。心ぼそさがひしひしと玉太郎の胸をしめつけた。たえがたいほどの蒸《む》し暑《あつ》さの密林の中に、人間を恐ろしいとも思わぬ蠅《はえ》や蚊《か》や蟻《あり》の群とたたかいながら、二時間のあまり、同じところにじっとしていることは、それだけでもたえがたいことだった。
 玉太郎はあきらめて、そこを立ちさった。彼は密林の中をくぐって、元の海岸へ出た。もしやそこにラツールが、先にかえって来ているのではないかと心だのみにしていたがそれもやっぱりだめだった。
 海岸にまっていたのは、やぶれた筏だけであった。
 彼は、砂の上に腰をおろして、ぼんやりと考えこんだ。
 ラツー
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