スコールの滝に全身を洗われながらも、斜面のくぼみに足をはめこみ、両手で崖の土のかたいところをひんぱんにつかみなおし、一生けんめいにしがみついていた。
 だがスコールのために急に寒冷《かんれい》になり、全身はがたがたふるえて来、手も足も知覚《ちかく》がなくなっていた。
 一方玉太郎の方は、崖下にころがり落ち、スコールが作ったにわかの川の中へぼちゃんと尻餅《しりもち》をついた。流れはいがいに強く、彼のからだはおし流されそうになったので、あわてて身を起こした。あたりは、すごい雨あしと水しぶきに、とじこめられ、五六メートルから先は全く見えなかった。
 玉太郎は、にわかに出来た流れをあきれながら見ていたが、ふと気がついて、その流れにそって下流《かりゅう》の方へ歩きだした。
 五十メートルぐらい歩いたとき、そのにわかに出来た川が、土中にすいこまれているのを見つけた。そこはたくさんの木がたおれて重なりあっているところだったが、にわかの川の水は、その木の下をくぐって土中へ落ちているのだった。
「ははあ、この下に穴があいているんだな。ポチはこの中へはいりこんだのかもしれない」
 そう思った玉太郎は、たおれた木と木の間へ顔をさしこんで、落ちていく水にまけないような大きな声で、愛犬の名をいくたびとなく呼んでみた。だが、ポチは主人のために返事をしなかった。


   迫《せま》るさびしさ


 玉太郎はがっかりした。
 しかしこういう穴の入口らしいところを見つけたことは一つの成功だと思った。あとでゆっくり中をしらべてみたい。
 そう思って、彼はそこを立ちさろうとしたが、ふと思い直して、もどって来た。そしてそこらに落ちている木の枝を一本取り、ナイフでけずってYという形にし、それをそこの場所につきさした。それからYという字のかたつむりの二つの目のような枝のさきをわって、自分のシャツの端《はし》をひきさいて、はさんだ。こうしておけば、スコールがあがったあとも、この場所へもどって来るのにいい目印《めじるし》になる。
 それから玉太郎は、にわかの川について、上流の方へもどっていった。彼は、さっき落ちた崖下へもどるつもりであった。しかしどうしたわけか、そこへもどることが出来ず、川にそって上ったり下ったりしてまよった。そのうちに時間がたった。
 スコールが通りぬけたらしく、急に雨が小降《こぶ》りになった
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