ことを聞くんだい」
「だって、ぼくはこれからそっと湾の方へ行って、本物の恐龍がどうしているか見てこようと思うんだ。しかし、もし恐龍の鼻がよくきくんだったら、ぼくが近づけば、恐龍に見つかって食べられてしまうからね」
「恐龍の臭覚《しゅうかく》は鈍感《どんかん》だと思う。なぜといって、ぼくらの作り物の恐龍のそばまで行っても、まだ本物かどうか分かりかねていたからね」
「じゃあ行ってみよう」
「ぼくも行く」
ぼくたちは、足音を忍《しの》びつつおそるおそる湾の見えるところまで行った。
「おや恐龍はいないぞ」
「ほんとだ。今のうちに、恐龍号に乗って逃げようよ」
「よし、急げ、早く」
今から考えると、そのときどうして恐龍号にとびこんだか、どうして出帆《しゅっぱん》したか、昇降口は誰がしめたのか、そんなことはすこしも記憶していない。とにかく生命を的《まと》にして、早いところ片づけて、沖合いめがけて逃げ出したのだ。もちろん潜航なんかしない。浮上したままの全速力で白浪をたてて走った。気が気ではなかった。今にも恐龍が追いかけて来るかと……。
ギネタ湾頭の浅瀬《あさせ》に艇をのしあげて、ぼくたちは「やれやれ助かった」と思った。ぼくたちは艇をとび出して、水を渡って海岸の砂の上に馳けあがり、気のゆるみで二人とも、人事不省《じんじふせい》に陥《おちい》った。
ぼくたちは知らなかったが、近くにいた人々は胆《きも》をつぶしたそうな。そうでもあろう。全速力で恐龍が海岸めがけて押し寄せて来たと思ったら、浅瀬にのしあげ、中から二人の少年がとび出してきて、砂の上でひっくりかえってしまったんだから。
ホテルでも、ぼくたちが三日三晩も、もどらないものだから、恐龍にさらわれたにちがいないと、手わけして探していたそうである。
ぼくたちは運よく生命を拾《ひろ》って、本国へもどることが出来た。いろいろ大損害もしたけれど、その後「恐龍艇の冒険」だの「恐龍を見た話」などを放送したり、本にして出版したりしたので、たいへん儲《もうか》って金もちになった。このつぎの休暇《きゅうか》には、日本へ行ってみたい。こんどサムに相談してみよう。
底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
1992(平成4)年2月29日第1版第1刷発行
入力:海美
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月22日公開
2006
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