……」
一郎はジュリアの美しさを沁々《しみじみ》と見たような気がした。ただ美しいといったのではいけない、悩《なや》ましい美しさというのは正《まさ》にジュリアの美しさのことだ。帝都に百万人のファンがあるというのも無理がなかった。一郎はいつか外国の名画集を繙《ひもと》いていたことがあったが、その中にレオン・ペラウルの描いた「車に乗れるヴィーナス」という美しい絵のあったのを思い出した。それは波間《なみま》に一台の黄金《こがね》づくりの車があって、その上に裸体《らたい》の美の女神ヴィーナスが髪をくしけずりながら艶然《えんぜん》と笑っているのであった。そのペラウルの描いたヴィーナスの悩《なやま》しいまでの美しさを、この赤星ジュリアが持っているように感じた。それはどこか日本人ばなれのした異国風の美しさであった。ジュリアという洋風好《ようふうごの》みの芸名がピッタリと似合う美しさを持っていた。
ジュリアは一郎のために受話器をとりあげて、支配人の許《もと》に電話をかけた。だが生憎《あいにく》支配人は、用事があってまだ劇場へ来ていないということだった。
「じゃここでお待ちにならない」
「ええ、待たせ
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