服と靴とだけじゃないか」
 と捜査課長は叫んだ。
「ウーム」
 と流石《さすが》の覆面探偵も呻った。痣蟹に一杯喰わされたという形であった。
 そのときであった。警官の一人が、顔色をかえて、捜査課長の前にとんできた。
「た、大変です、課長さん、あの舞台横の柱の陰に、一人のお客が殺されています」
「なんだ、いまの機関銃か拳銃《ピストル》でやられたのだろう」
「そうじゃありません。その方の怪我人は片づけましたが、私の発見したそのお客の屍体は惨《むご》たらしく咽喉笛を喰い破られています。きっとこれは、例の吸血鬼にやられたんです。そうに違いありません」
「ナニ、吸血鬼にやられた死骸が発見されたというのか」
「そういえば、先刻《さっき》暗闇の中で『赤い苺の実』の口笛を吹いていたものがあった……」
 人々は驚きのあまり顔を見合《みあわ》せるばかりだった。
 果してこれは痣蟹の仕業だろうか。それなれば検察官や覆面探偵はまんまとここまで誘《おび》きだされたばかりでなく、吸血の屍体をもって、拭《ぬぐ》っても拭い切れない侮辱を与えられたわけだった。
 自分は吸血鬼でないという痣蟹の宣言が本当か、それとも今夜
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