のとおりです。僕は四郎の兄の一郎なんです」
「アラマアあたくし、どうしましょう」とジュリアは美しい眉《まゆ》を曇らせたが「とんだお気の毒なことになりましたわネ」
 といって目を瞑《と》じ、胸に十字を切った。
「そうだ、貴方はいまその辺に見なかったですか、怪しい男を……」
「怪しい男? 貴方以外にですか」
「ええ、もちろん僕のことではないです。こう顔の半面に恐ろしい痣《あざ》のある小さい牛のような男のことです」
「いいえ。あたくしは今、車を下りて、真直《まっすぐ》にここまで歩いたばかりですわ」
 ジュリアはまるでレビュウの舞台に立っているかのように、美しい台辞《せりふ》をつかった。側に立つルネサンス風の高い照明灯は、いよいよ明るさを増していった。
「その痣のある男がどうかしたのですか」
「いや、僕がいま追駈《おいか》けていたのです。もしや犯人ではないかと思ったのでネ」と一郎は云ってあたりの木立を見廻わした。夕闇はすっかり蔭が濃くなって、これではもう追駈けてもその甲斐《かい》がなさそうに見えた。
 そこへバラバラと跫音《あしおと》が入り乱れて聞えた。二人がハッと顔を見合わせる途端に、夕闇の
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