上品な洋袴《ズボン》はところどころ裂け、洋杖《ケーン》を握る拳《こぶし》には掻《か》き傷《きず》ができて血が流れだしたけれど、一郎はまるでそれを意に留めないように見えた。
 公園の東の隅には、元の見附跡《みつけあと》らしい背の高い古い石垣が聳《そび》えていた。ここはあまりに陰気くさいので、いかに物好きな散歩者たちも近よるものがなかった。一郎は前後の見境《みさかい》もなく、石垣の横手から匍《は》いこんだ。そこには大きな蕗《ふき》の葉が生《は》え繁《しげ》っていたが、彼が猛然とその葉の中に躍りこんだとき、思いがけなくグニャリと気味のわるいものを踏みつけた。
「呀《あ》ッ――」
 と、彼は其の場に三尺ほど飛び上った。
 だが彼は、その叫び声に続いて、もう一つの驚きの声を発しなければならなかった。なぜなら、その密生した蕗の葉の中から、イキナリ一人の男が飛びだしたからであった。一郎が踏みつけたのは、その葉かげに寝ていたかの男の脚だったにちがいない。
「……」
 一郎は、呼吸《いき》をはずませて、相手の方を睨《にら》んだ。ああ、それは何という恐ろしい顔の男であったろう。背丈はあまり高くないが、肩幅
前へ 次へ
全141ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング