のままだった。ただ昨夜《ゆうべ》の場面に比べると、竜宮劇場のプリ・マドンナ、赤星ジュリアと、それに寄りそって懐中電灯を照らしていた疑問の男とが、居ないところが違っていた。
「やっぱりそうだ!」
と、大江山課長はその場へ飛びこむなり叫んだ。
「覆面探偵の青竜王は、やはり痣蟹だったのだ」と倒れている痣蟹仙斎の服装を指しながら「どうですか検事さん。覆面探偵が怪しいと申上げておいたことも、無駄ではなかったですネ」
「いいや、やっぱり無駄かも知れない。これは痣蟹の屍体とは認めるけれど、青竜王の屍体と認めるのにはまだ早い。……君のために作られたような舞台だといったのは、実はこれなのだ。つまり青竜王の覆面を取れば痣蟹であるという誤《あやまり》が起るように用意されてある。……」
「では検事さんは、これを見ても、痣蟹が青竜王に化けていたとは信じないのですか」
「それはもちろん信じる。しかし真の青竜王が痣蟹だったということとは別の問題だ」
といった検事は、痣蟹を青竜王とは信じない面持《おももち》だった。
「大江山君、その問題は後まわしとして、この痣蟹は、明らかに吸血鬼にやられているようだが、君はどう思うネ」
「ええ、確かに吸血鬼です。この抉《えぐ》りとられたような頸《くび》もとの傷、それから紫斑《しはん》が非常に薄いことからみても、恐ろしい吸血鬼の仕業《しわざ》に違いありません」
「すると、痣蟹が吸血鬼だという君のいつかの断定《だんてい》は撤回《てっかい》するのだネ」
捜査課長は検事の面《おもて》を黙って見詰めていたが、しばらくして顔を近づけ、
「おっしゃる通り、痣蟹が吸血鬼なら、こんな殺され方をする筈《はず》がありません。吸血鬼は外《ほか》の者だと思います」
「では撤回したネ。――すると本当の吸血鬼はどこに潜《ひそ》んでいるのだ。もちろん大江山君は、吸血鬼が覆面探偵・青竜王だとはいわないだろう」
「もちろんです。――実をいえば、私は最初吸血鬼は痣蟹に違いないと思い、次に青竜王かも知れぬと思ったんですが、両方とも違うことが分りました。外に怪《あや》しいと睨んでいるのは、最初の犠牲者四郎少年の兄だと名乗る、西一郎だけになるのですが……」と、其処《そこ》まで云った課長は急に口を噤《つぐ》んで、あたりを見廻わした。それは冒険小説に出てくる孤島《ことう》の洞窟のような実に異様な光景だった。「このパチノ墓地とかが飛び出して来たのでは、見当もなにもつかなくなりましたよ。一体これはどうしたことですかな」
そこで雁金検事は、パチノ墓地について、既に記《しる》したとおりの伝奇的《でんきてき》な物語をして聞かせ、「つまりパチノは皇帝の命令をうけ、莫大《ばくだい》な財宝《ざいほう》を携《たずさ》えて、日本へ遠征してきたが、志《こころざし》半《なか》ばにして不幸な死を遂《と》げたというわけさ」
大江山課長は、あまりにも奇異なパチノ墓地の物語に、しばらくは耳を疑《うたが》ったほどだったが、彼の足許《あしもと》に転《ころ》がっている骸骨や金貨を見ると、それがハッキリ現実のことだと嚥《の》みこめた。
「その物語にある莫大な財産というのは、僅かこればかりの滾《こぼ》れ残ったような金貨だの宝石なのでしょうか」
と大江山課長は不審《ふしん》げに云った。
「そうだ、儂が来たときから、この通り荒らされているのだが、もちろん既に何者かが財宝を他へ移したのに違いない。そいつは吸血鬼か、それとも痣蟹の先生だかの、どっちかだろう」
「イヤまだ重大な嫌疑者《けんぎしゃ》があります」と大江山は叫んだ。
「誰のことかネ」
「それはこのキャバレーの主人オトー・ポントスです。あいつがやっていたのでしょう」
「ポントスはどこかに殺されているのじゃないか。いつか部屋に血が流れていたじゃないかネ」
「そうでした。でも私はあのときから別のことを考えていました。それが今ハッキリと思い当ったんですが、ポントスは殺されたように見せかけ、実はこの莫大な財産とともに何処かへ逐電《ちくでん》してしまったのじゃないでしょうか。悪い奴《やつ》のよくやる手ですよ」
「そういう説もあるにはあるネ」
と雁金検事は、冷《ひや》やかに云った。大江山は検事の反対らしい面持を眺めていたが、
「――それで検事さんは、この事件をどうして知られたのですか。それから今お話のパチノ墓地の物語などを……」
検事はそれを訊《き》かれるとニヤリと笑《え》みを浮べ、「それは今朝がた、もう死んだものと君が思っている青竜王が邸《やしき》へやって来て、詳《くわ》しい話をしていったよ」
「なんですって、アノ青竜王が……」
大江山は検事の言葉が信じられないという面持だった。青竜王すなわち痣蟹は、そこに死んでいるではないか。
「そうだよ。彼は昨夜《さく
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