い機械が床上に叩きつけられる音がした。――これは勇敢な青竜王が、ひそかに痣蟹の背後《うしろ》にまわり、機関銃を叩き落したのだった。痣蟹は正面から警察隊の猛射を受けていたので、その撃退に夢中になっていたところをやっつけられたのであった。しかし本当は警官隊は猛射をしていたことに違いないけれど、天井ばかり撃っていたのであった。それは突入した青竜王に怪我をさせることなく、しかも痣蟹を牽制《けんせい》するためだった。すべては名探偵青竜王の策戦だったのである。
 気味のわるい機関銃の響がハタと停った。警官隊の激しい銃声もいつの間にか熄《や》んでいた。暗黒の室内は、ほんの数秒であったが、一転して墓場のような静寂が訪れた。
「灯りを、灯りを……」
 青竜王の呶鳴る声がした。
 それッというので、室内の電灯スイッチをひねったが、カチリと音がしただけで、電灯はつかなかった。警官たちは懐中電灯を探ったが、いまの騒ぎのうちに壊れてしまったものが多かった。それでも二つ三つの光芒《こうぼう》が、暗黒の室内を慌《あわ》ただしく閃《ひらめ》いたが、青竜王に近づいたと思う間もなく、ピシンと叩き消されてしまった。暗黒のなかには、物凄い呻《うな》り声を交えて、不気味な格闘が行われていることだけが分った。
 警官隊は、倒れた卓子や、逃《に》げ惑《まど》っているキャバレーの客たちを踏み越え掻き分けて、呻り声のする方へ近づいていった。が、また捲き起る混乱のために、その呻り声がどこかへ行ってしまった。
「どこにいるのだ、青竜王!」
「青竜王、声を出して下さーい!」
 雁金検事たちは、大声で探偵の名を呼んだが、その応答は聞こえなかった。
「オーイ皆、ちょっと静かにせんかッ」
 大江山課長が破《わ》れ鐘《がね》のような声で呶鳴った。
 その声が皆の耳に達したものか、一座はシーンとした。
「オイ、青竜王、どこにいるのだッ」
 検事は暗黒の中に再び呼んだ。――
 だが、誰も応《こた》えるものはなかった。一同は闇の中に高く動悸《どうき》のうつ銘々《めいめい》の心臓を感じた。
(どうしたのだろう?)
 そのとき正面と思われる方向の闇の中から軽い口笛の音が聞えだした。
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「あたしの大好きな
 真紅な苺の実
 とうとう見付かった
 おお――
 あなたの胸の中……」
[#ここで字下げ終わり]
 ああ、いま流行の『赤い苺の実』の歌だ。竜宮劇場のプリ・マドンナ赤星ジュリアの得意の歌だった。――
「こら、誰だ。――」と大江山課長は叫んだ。「こんなときに呑気《のんき》に口笛を吹く奴は、あとで厳罰に処するぞ」
 呑気な口笛――と捜査課長は云ったけれど、それは決して呑気とは響かなかった。なぜなら口笛は、警官の制止の声にも応じないで、平然と吹き鳴っていた。墓場のような暗黒と静寂の中に……。
「こら、止《や》めんか。止めないと――」
 と大江山課長が火のようになって暗がりの中を進みいでたとき、呀《あ》ッという間もなく、足許に転がっている大きなものに突当り、イヤというほど足首をねじった。その途端に、足許に転がっていたものが解けるようにムクムクと起き上って、激しい怒声と共に格闘を始めたから、捜査課長は胆《きも》を潰《つぶ》してハッと後方《うしろ》へ下った。
「青竜王はここにいるぞッ」と格闘の塊《かたまり》の中から思いがけない声が聞えた。
「なにッ」
「痣蟹を早く押《おさ》えて――」
 雁金検事はその声に活路を見出した。
「明りだ、明りだ。明りを早く持ってこい」出口の方から、やっと手提電灯《てさげでんとう》が二つ三つ入ってきた。
「そっちだ、そっちだ」
 すると正面の太い円柱のあたりで、ひどく物の衝突する音が聞えた。それから獣のような怒号が聞えた。
「捕《とら》えた捕えた。明りを早く早く」
 それッというので、手提電灯が束になって飛んでいった。
「痣蟹、もう観念しろッ」
 まだバタバタと格闘の音が聞えた。するとそのときどうした調子だったか、室内の電灯がパッと点いた。射撃戦に被害をのがれた半数ほどの電灯が一時に明るく点いた。――人々は悪夢から醒めたようにお互いの顔を見合わせた。
「痣蟹はここにいますぞオ」
 それは先刻《さっき》から、暗闇の中に響いていた青竜王の声に違いなかった。警官隊もキャバレーの客も、言いあわせたようにサッとその声のする方をふり向いた。おお、それこそ覆面の名探偵青竜王なのだ。
「とうとう掴《つかま》えたかね」
 と検事は悦《よろこ》びの声をあげて、青竜王に近づいた。
「青竜王!」
 人々はそこで始めて、覆面の名探偵を見たのであった。彼はスラリとした長身で、その骨組はまるでシェパードのように剽悍《ひょうかん》に見えた。ただ彼はいつものように眼から下の半面を覆面し、鳥打帽の下
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