にとって、無気味な哄笑のする方を注視した。
 正面の太い円柱の陰から、蝙蝠《こうもり》のようにヒラリと空虚な舞台へ飛び出したものがあった。皮革《かわ》で作ったような、黄色い奇妙な服を着た痩せこけた男だった。グッと出口の警官隊を睨みつけたその顔の醜怪さは、なにに喩《たと》えようもなかった。左半面には物凄い蟹の形の大痣がアリアリと認められた。ああ、遂に痣蟹が現れたのだ!


   意外な犠牲《ぎせい》


 待ちに待たれていた大胆不敵な挑戦状の主は、とうとう皆の前に姿を現わしたのだった。怪賊痣蟹は二た目と見られない醜悪な面をわざと隠そうともせず、キッと武装警官隊の方を睨《にら》みつけた。
 武装隊を指揮しているのは金剛《こんごう》部長だったが、ヌックと立って部下に号令した。
「あの怪物がすこしでも動いたら、撃ち殺してしまえッ」
 痣蟹はそれを聴くと、薄い唇をギュッと曲げて冷笑した。そして突然、背後《うしろ》に隠しもった彼の手慣れた武器をとりだした。それは恐るべき軽機関銃だった。彼が和蘭《オランダ》にいたとき、そこの秘密武器工場に注文して特に作らせたという精巧なものだった。――その機関銃の銃口《つつ》が、警官たちの胸元を覘《ねら》った。
「急ぎ撃てッ」
 武装隊長は咄嗟《とっさ》に射撃号令をかけた。
 ドドーン。ドドーン。
 カタ、カタ、カタ、カタ。
 どっちが先へ撃ちだしたのか分らなかった。忽《たちま》ち室内の電灯はサッと消えて、暗黒となった。阿鼻叫喚《あびきょうかん》の声、器物の壊れる音――その中に嵐のように荒れ狂う銃声があった。正面と出口とに相対峙《あいたいじ》して、パッパッパッと真紅な焔が物凄く閃《ひらめ》いた。猛烈な射撃戦が始まったのだ。
 警官隊は銃丸《たま》を浴びながら、ひるまず屈せず、勇敢に闘った。前方に火竜が火を噴いているような真赤な火の塊の陰に痣蟹がいる筈だった。それを目標に、拳銃《ピストル》の弾丸《たま》の続くかぎり覘いうった。ときどき警官たちは胸のあたりを丸太ン棒で擲《なぐ》りつけられたように感じた。それは防弾衣に痣蟹の放った銃丸が命中したときのことだった。防弾チョッキがなかったら、彼等はとうの昔に、全身蜂の巣のように穴が明いてしまったであろう。
 だが軽機関銃の偉力は素晴らしかった。物凄い速さで飛びだしてくる銃丸は、大部分防弾衣で防ぎとめられはしたものの、だんだんに防弾鋼の当っていない肘《ひじ》を掠《かす》めたり手首に流れ当ったりして、さすがの警官隊もすこしひるみ始めた。卓子《テーブル》の陰から、眼ばかり出してこの猛烈な暗黒中の射撃戦を凝視していた雁金検事や大江山捜査課長などの首脳部一行は、早くも味方の旗色の悪いのを見てとった。
「大江山君、この儘《まま》じゃあ危いぞ。警官隊に突撃しろと号令してはどうだ」
「突撃したいところですが、駄目です。卓子だの椅子だの人間だのが転がっていて、邪魔をしているから突撃できません」
「でもこのままでは……」と検事は悲痛な言葉をのんだ。
 と、そのときだった。誰か、検事の腕をひっぱる者があった。
「雁金さん、雁金さん――」
「おう、誰だッ」
「落付いて下さいよ、僕です。分りませんか」
「ナニ……そういう声は」
 と雁金検事は相手の男の腕をグイと握ってひきよせて、低声《こごえ》で囁《ささや》いた。
「――青竜王だナ」
 青竜王! それはかねて雁金検事の親友として名の高い覆面探偵青竜王だったのである。どうしたわけか、このところ十日ほど、所在の不明だった探偵王だった。彼のところへやった通信が届いて、このキャバレーへやってきたものらしい。
 青竜王は闇の中で雁金検事と何事かを低声《こごえ》で囁きあった。その揚句《あげく》、話がすんだと見えて、
「じゃ、しっかり頼むぞ」
 という検事の激励の言葉とともに、青竜王はコソコソとまた闇の中に紛れこんでしまった。――検事はこんどは大江山課長を引きよせると、何かを耳打ちした。
「よろしい。命令しましょう」
 課長はそういって、卓子《テーブル》の陰から匍《は》いだした。彼は銃丸《たま》の中をくぐりぬけながら、力戦している警官隊の方へ進んでいった。
 間もなく何か号令が発せられて、武装警官隊の射撃は更に猛烈になった。天井から何かガラガラと墜《お》ちてくる物凄い音がした。
「前面《まえ》を注視していろ!」
 隊長が叫んでいる――
 と、正面に怪物のように火を吐いていた痣蟹の軽機関銃が、どうしたものか急に目標を変えた。ダダダダダッと銃丸《たま》は天井に向けられ、シャンデリアに当って、硝子《ガラス》の砕片がバラバラと墜ちてきた。
「おや?」と思う間もなく、ワッという悲鳴が聞えて、いままで呻《うな》りつづけていた機関銃の音がハタと停った。そしてドサリという重
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