くと、彼女が頸《くび》にかけた大きいメタルのついた頸飾りに手をかけ、ヤッと引きむしった。糸が切れて、珠《たま》がバラバラと床の上に散った。痣蟹はそれには気も止めず、メタルを掌《てのひら》にとって器用にも片手でその裏を開いた。中からは何やら小さい文字を書きこんだ紙片がでてきた。痣蟹はニッコリと笑い、
「やっぱり俺のものになったね。――」
「出ておゆき。ぐずぐずしていると人が来るよ」
「どっこい。もう一つ貰いたいものが残っているのだ。うぬッ――」
 痣蟹はピストルを捨てると、猛虎《もうこ》のように身を躍《おど》らせてジュリアに迫った。その太い手首が、ジュリアの咽喉部《いんこうぶ》をギュッと絞めつけようとする。
「アレッ――」
 と叫ぶ声の下に、化粧鏡がうしろに圧《お》されて窓硝子《まどガラス》に当り、ガラガラと物凄い音をたてて壊《こわ》れた。
 その途端《とたん》だった。入口の扉《ドア》をドンと蹴破って、飛びこんで来た一人の、青年――
「ああ、一郎さん、助けてエ――」
「曲者《くせもの》、なにをするかア、――」
 青年は西一郎だった。彼はジュリアに返事をする遑《いとま》もなく、彼に似合わしからぬ勇敢さをもって、いきなり痣蟹の背後《うしろ》から組みついた。
「なにを生意気な小僧《こぞう》め!」
 痣蟹は落ちつき払って一郎を組みつかせていた。
「ジュリア、いまに思い知るぞオ」
 という声の下に、彼はエイッと叫んで身体を振った。その鬼神《きじん》のような力に、元気な一郎だったが、たちまち※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と振りとばされてしまった。
「さあ皆で懸《かか》れ、警官隊も来ているから、大丈夫だ」と声を聞きつけて、応援隊が飛びこんで来た。痣蟹は警官隊と聞くと舌打ちをして、入口に殺到《さっとう》した劇場の若者を押したおし、廊下へ飛びだした。アレヨアレヨという間に、階段から下へ降りようとしたが、下からは駈けつけた大江山課長等がワッと上ってきたのを見ると、
「やッ」
 と身を翻《ひるがえ》してそこに開いていた窓を破って屋上へ逃げた。
「それ、逃《の》がすなッ」
 一同はつづいて、屋上に飛び出した。痣蟹は巨大な体躯《たいく》に似合わず身軽に、あちこちと逃げ廻っていたが、とうとう一番高い塔の陰に姿を隠してしまった。
「さあ、三方《さんぽう》から彼奴《きゃつ》を
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