に知れると面倒《めんどう》な品物です。お土産として、貴女にお返しします」
 ジュリアは一郎に悪意のないのを認めたらしく、急いで青い宝石を掌《てのひら》の中に握ってしまうと、激しい感情を圧《おさ》え切れなかったものか、ワッといって化粧机の上に泣き崩《くず》れた。それにしても一郎は落ちた耳飾の宝石を何時何処で拾って来たのだろう。
「ジュリアさん。云って聞かせて下さい。貴女は四郎と日比谷公園の五月躑躅《さつき》の陰で会っていたのでしょう」
「……」ジュリアは泣くのを停《や》めた。
「僕はそれを察しています。つまり耳飾りの落ちていた場所から分ったのですが」
「これはどこに落ちていたのでしょう」とジュリアは顔をあげて叫んだ。
「それは四郎の倒れていた草叢《くさむら》の中からです」
「嘘ですわ。あたしは随分《ずいぶん》探したんですけれど、見当りませんでしたわ」
「それが土の中に入っていたのですよ。多勢《おおぜい》の人の靴に踏まれて入ったものでしょう」
「まあ、そうでしたの。……よかったわ」
 それはすべて一郎の嘘だった。本当をいえば、彼は昨夜《ゆうべ》、四郎の屍体からそれを発見したのだった。蝋山教授がベルの音を聞いて法医学教室の廊下へ出ていった隙《すき》に、一郎はかねて信じていたところを行ったのだった。彼は四郎の屍体の口腔《こうくう》を開かせ、その中に手をグッとさし入れると咽喉の方まで探《さ》ぐってみたのが、果然《かぜん》手懸《てがか》りがあって、耳飾の宝石が出てきた。実は蝋山教授を煩《わずら》わして食道や気管を切開し、その宝石の有無《うむ》をしらべるつもりだったけれど、怪《あや》しいベルの音を聞くと、早くも切迫《せっぱく》した事態を悟《さと》り、荒療治《あらりょうじ》ながら決行したところ、幸運にも宝石が指先《ゆびさき》にかかったのであった。素人《しろうと》にしては、まことに水ぎわ立った上出来《じょうでき》の芸当《げいとう》だった。後から闖入《ちんにゅう》して屍体を奪っていった痣蟹をみすみす見逃がしたのも、彼がこの耳飾りの宝石を手に入れた後だったから、その上危険な追跡をひかえたのであろうとも思われる。とにかくジュリアの耳飾の宝石は四郎の口腔から発見されたのだ。なぜそんなところに入っていたかは問題であるが、一郎がジュリアに発見の個所《かしょ》をことさら偽《いつわ》っているのは何故
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