涙を嚥《の》んだ。そして懐中を探《さ》ぐると一と揃いの覆面を出して、ソッとジュリアの枕辺に置いた。――これを見た大江山は始めて気がついたらしく、ハッと一郎の顔を睨《にら》んだ。
「ジュリアの死と共に、覆面探偵も死んでしまったのです。もう探偵をするのが厭《いや》になりました」
 そういって青竜王ならぬ一郎は、卓越《たくえつ》した手腕《しゅわん》を自《みずか》ら惜し気もなく捨ててしまった。
 ジュリアの遺骸は、彼女と仲のよかった舞姫《まいひめ》たちが、何処からともなく持ってくる白い百合《ゆり》やカーネイションやマガレットの花束で、見る見るうちに埋《うず》もれていった。
     *   *   *
 一郎は臨終のジュリアから頼まれたとおりの謝罪のことを矢走千鳥《やばせちどり》に伝えることを忘れなかった。そして、これもジュリアの望んでいたように、彼は千鳥と結婚をした。二人の仲は極めて円満《えんまん》である。
「君は(――と一郎は愛妻《あいさい》のことを今もこう呼んでいた)青竜王と一郎とが同じ人物だったということを、ジュリアさんの亡《な》くなった時まで知らなかったろう」
「アラ自惚《うぬぼ》れていらっしゃるのネ。一郎さんが青竜王だってことは、ゴルフ場の浴室から素ッ裸のあたくしを伯父さんの病院に運んで下さった、そのときから知ってましたわ」
「へえ、そうかネ」
「へえそうかネ――じゃありませんわ。あのとき自動車の中であたくしは薄目《うすめ》を開いてみたんですの。貴下《あなた》の覆面は完全でしたけれど、その下から覗いているネクタイが一郎さんのと同じでしたわ。そこでハハンと思っちゃったのよ」
「そうかネ、それは大失敗だ。……しかし僕が自分より一枚上手の名探偵を妻君《さいくん》にしたことは大成功だろう。はッはッはッ」



底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「富士」
   1934(昭和9)年8月号〜11月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「青竜王」と「青龍王」、「竜宮劇場」と「龍宮劇場」の混在は底本通りです。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年9月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(
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