ょう》の羽毛《はね》で作った大きな扇《おうぎ》がブルブルと顫《ふる》えながら、その悲痛きわまりない顔を隠してしまった。
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「別れの冬木立《ふゆこだち》
 遺品《かたみ》にちょうだいな
 あなたの心臓を
 ええ――
 あたしは吸血鬼……」
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 という合唱につられたかのように、ジュリアの顔を隠した羽毛の扇がピクピクと宙を喘《あえ》いだ。――そこで曲目は断層《だんそう》をしたかのように変化し、奔放《ほんぽう》にして妖艶《ようえん》かぎりなき吸血鬼の踊りとなる――この舞台のうちで、一番怪奇であって絢爛、妖艶であって勇壮な大舞踊となる。今夜のジュリアの無気力《むきりょく》では、その辺で一《ひ》と溜《たま》りもなく舞台の上に崩《くず》れ坐るかと思われたが、なんという意外、なんという不思議! 彼女は生れ変ったように溌剌《はつらつ》として舞台の上を踊り狂った。
 ウワーッ! という歓声、ただもう大歓声で、シャンデリヤの輝く大天井《だいてんじょう》も揺《ゆる》ぎ落ちるかと思うような感激の旋風が、一階席からも二階席からも三階席からも四階席からも捲《ま》き起った。
「ジュリア! 世界一のジュリア!」
「われらのプリ・マドンナ、ジュリア!」
「殺してくれい、ジュリア!」
「百万ドルの女優!」
 と、後はなにがなんだか、破《わ》れかえるような騒ぎで、合唱も器楽も揉《も》み消されてしまった。実に空前《くうぜん》の大喝采《だいかっさい》、空前の昂奮だった。――何がジュリアをこうも元気づけたか?
 一番前の列にいた勇少年は、隣りの大辻の腕をひっぱって叫んだ。
「ああ、たいへんだ。あれ御覧よ。白い鴕鳥の扇から、真赤な血が飛び散っているよ」
「呀《あ》ッ。――これはいけない。ホウあのようにジュリアの衣裳の上から血がタラタラと滴《したた》れる!」
 しかし他の者は、昂奮の渦巻の中に酔って、そんなことに気のつく者は一人もなかった。ワーッワーッと、まるで闘牛場のような騒ぎだった。――その嵐のような歓呼の絶頂《ぜっちょう》に、わが歌姫赤星ジュリアはパッタリ舞台に倒れて虫の息となってしまった。間髪《かんぱつ》を入れず、舞台監督の機転で、大きな緞帳《どんちょう》がスルスルと下りた。それがジュリアの最後の舞台だった。
 青竜王の西一郎は、誰よりも真先《まっさき》に飛んで
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