摘《つ》まんで話をした。――ジュリアの話によると、彼女は噴泉を浴びているうちに、隣室の千鳥が只ならぬ悲鳴をあげたので、愕《おどろ》いて隣室へ飛びこんでみると、どこから入ったか、一人の怪漢が千鳥を襲っているので、背後《うしろ》から組みついたところ、忽《たちま》ち振り倒されて気を失った。気がついたら、こんなところに寝ていたというのであった。
「その怪漢の顔とか、服装には記憶がありませんか」
「咄嗟《とっさ》の出来ごとで、何も分らないそうだ。背後《うしろ》から組みついたので、顔も見えないというのだよ」
そのときジュリアは目をパッチリ明いて、もう大丈夫だから、竜宮劇場の出場に間に合うよう帰りたい。西一郎を呼んでくれるようにと云った。
「ああ、西一郎。彼はどこへ行ったんです」
「一郎君が見えないネ。――」
と不審《ふしん》をうっているところへ、扉《ドア》が明いて、彼がヌッと入って来た。
「オイ君はこの騒ぎの中、どこにいたのだい」
と課長は目を光らせていった。
「ちょっと外へ出て、畠を見ていたのです。都会人はこんなときでなければ、野菜の生えているところなんか見られませんよ」と云ったけれど、何だかわざとらしい弁解のように聞えた。
ジュリアは西の声を聞くと、一層《いっそう》帰りたがった。そこで西の外《ほか》に検事が附添って帰ることになり、大江山課長と蝋山教授は残ることになった。丁度警察から差し廻しの自動車が来ていたので、三人は直ぐ東京へ出発することが出来た。
「どうも西という男は曲者《くせもの》だて」と、蝋山教授は頭を大きく左右へ振った。
「まさか西一郎が、千鳥を襲撃したのじゃあるまいな」と課長は独《ひと》り言《ごと》をいった。
「それは何とも云えぬ。――」
といっているところへ、警笛《けいてき》をプーッと吹き鳴らしつつ、紛失した大江山の自動車が帰って来た。課長は愕いて玄関へ走りだしたが、中からは意外にも、彼の連れていた運転手の怪訝《けげん》な顔が現れた。
「自動車がございました。二百メートルばかり向うの畠の中に自動車の屋根のようなものが見えるので行ってみました。すると、愕いたことに、これが乗り捨ててあったのです」
「フーン」
と大江山は呻《うな》った。一体何者の仕業《しわざ》か。西一郎がやったのか、それとも例のポントスが現れたのか、或いはまたその辺を徘徊《はいかい》し
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