、サッと顔色をかえると、一|斉《せい》に入口の扉の方にふりむいたのだった。
「吁《あ》ッ!」
 扉が、しずかに手前へ開いてゆく。
 扉の蔭から、若い女の姿が現われた。ぴったり身体についた緋色《ひいろ》の洋装が、よく似合う美しい女だった。
「紅子――」
 そう呼んだのは、川波大尉だった。それは、紛《まぎ》れもなく川波大尉夫人の紅子に違いなかったのであった。
「紅子、お前は一体、どうしてこんな夜更《よふけ》に、こんな場所までやって来たのだ」
「ちょいと、お顔がみたかったのよ。それだけなの、おほほほほ」
 と紅子は笑いながら、悪びれた様子もなく一座を見まわした。このときニヤリと笑ったのは、星宮学士だった。待ち構えたように、それを逸早《いちはや》く認めた川波大尉だった。彼は軍医の話をそちのけにして、スックリ其の場に立ち上った。
「紅子、お前にちょっと聞くが、儂が土耳古《トルコ》で買ってきたといった珍らしい彫刻のある指環を、お前にやって置いたが、先日そいつを、どこかで失くしたと云ったね」
「エエそうですわ。でもあれは、もう済んだことじゃありませんの」と紅子は、丸い肩を、ちょっとすぼめるようにして
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