したのだったね。サアその続きだが、さて、あの女の次兄が考えだした讐打《あだう》ちというのはね、死をも怖れないと自称する人間に『死』以上の恐怖を与えることにあったのだった。それで次兄は、今夜妹を人工流産させることに決心したのだ。手術は四十分ばかりかかったが、私の手で巧く終了した。摘出されたのは、すこし太い試験管の、約半分ばかりを占領している四ケ月目の××××××だった。いいかね、その試験管の底に沈澱《ちんでん》している胎児は、その男と、あの可憐《かれん》なる少女とが、おのれの血と肉とを共に別けあって生長させた彼等の真実の子供なのだった。でも母親の胎内を無理に引離され、こうしているその胎児には、もうすでに生命が通っていないのだった。闇から闇へ流れさった、その不幸な胎児の、今日は命日なのだ。その胎児にとって、今夜のこの話は、本当の意味の通夜物語《つやものがたり》なのだ。
これだけ云えば、星宮君、君にはなにもかも判ったろう。あの胎児の父は、君なのだ。あの胎児の母は、ちどり[#「ちどり」に傍点]子《こ》と呼ぶ。さて此処《ここ》で、君から訊《き》かして貰いたいことがある。君に返事ができるかね。
先刻《さっき》、君は私の手料理になる栄螺《さざえ》を、鱈腹《たらふく》喰《た》べてくれたね。ことに君は、×××××、箸《はし》の尖端《さき》に摘みあげて、こいつは甘味《うまい》といって、嬉しそうに食べたことを覚えているだろうね。
それで若し、私が、あのちどり[#「ちどり」に傍点]子《こ》の次兄であったとして、いやそう驚かなくてもいいよ、先刻、君が口中で味《あじわ》い、胃袋へおとし、唯今は胃壁から吸収してしまったであろうと思われる、アノ××××が、栄螺《さざえ》の内臓でなくして、実は、君の血肉《ちにく》を別《わ》けた、あの胎児《たいじ》だったとしたら、ハテ君は矢張り、
『×××××を、ムシャムシャ喰べてみたが、たいへんに美味《おいし》かった』
と嬉しがって呉れるだろうか、ねえ星宮君――」
「ウーム。知らなかったッ」
と、ふり絞るような声をあげたのは星宮理学士だった。その顔面はみるみる真青《まっさお》になり、ガタガタと細かく全身を震《ふる》わせると、われとわが咽喉《のど》のあたりを、両手で掻《か》きむしるのだった。
ああ、時はもうすでに遅かった。いま気がついて、ムカムカと瀉《は》
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