敵手の頸《くび》を締めつけた。学士は朦朧《もうろう》と落ちてゆく意識のうちに、頻《しき》りに口を大きくひらいては喘《あえ》いでいた。だが彼の執念《しゅうねん》ぶかい両手は、なおも大尉の急所を掴んでそれを緩《ゆる》めようとはしなかった。この儘《まま》に捨てておくと、二人とも共軛関係《きょうやくかんけい》において死の門をくぐるばかりだった。
「紅子、うう射て……ピストル、いいから……」
大尉の声は、切れ切れに、蚊細《かぼそ》く、夫人の援助をもとめたのだった。
このとき紅子は、いつの間にやら、右手にしっかりとピストルを握りしめていたが、夫大尉のこの声をきくと、莞爾《かんじ》とほほえんだ。
「いいこと!」
紅子のしなやかな腕がグッと前に伸びる。キラリとピストルの腹が光って、引金がカチリと引かれた。
「ズドーン!」
銃声一発――大尉と学士とは、壁際《かべぎわ》から同体に搦《から》みあったまま、ズルズルと音をさせて、横に仆《たお》れた。
ピストルの煙が、やっと薄らいだとき、仆れた二人のうちの一人が、フラフラと半身を起した。それは大尉にはあらで、意外にも星宮理学士だった。
彼は、紅子が一発のもとに射ち殺したのは、彼女の夫君《ふくん》である川波大尉だと知ると、咄嗟《とっさ》のうちに気をとり直し、威厳をつけて、ノッソリ起きあがると、フラフラと紅子の方に歩みよるのだった。
「星宮君。ここへ懸け給え」
このとき、静かに云ったのは、この場の生命のやりとりに、一と言も口を利かず、片腕もあげなかった奇怪の人物、大蘆原軍医《おおあしはらぐんい》だった。自分の名をよばれると、流石《さすが》の星宮理学士も、ギョッとして、その場に立ち竦《すく》んだ。
「星宮君。私の第三話が、もうすこしで、尻切《しりき》れ蜻蛉《とんぼ》になるところだった。幸い君は生命をとりとめたようだから、サアここへ坐って、あの話の続きを聞いてくれ給え」
軍医は、落着きはらって、空虚になった二つの椅子を指した。学士は、眼に見えぬ糸に操《あやつ》られるかのように、ヨロヨロとよろめきながら、やっとその椅子の傍まで近付くと、崩れるように、その上に腰を下ろした。
「……」
「さア、いいかね、星宮君。さっきは、僕に手術を頼んだ娘の次兄というのが、素晴らしい復讐方法を、妹をかどわかした男に加えるため、考えついた、というところまで話
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